2008年4月28日

N氏の楽器2---ナット


N氏の楽器のナットには改善の余地があったので、新しいナットを製作することになった。ナットを新しく作れば、万一気に入らない場合でも、容易に元に戻す事が出来る。

問題の一つは、ナット上での弦の間隔が少し広すぎるのではないかと言う事である。もう一つの問題は、弦の間隔が均等でない事だ。ナット上の弦間隔を均等に、かつ適正な間隔にすることで、単に弾き易さの改善が図れるばかりでなく、音の面に良い影響がある。ナットが音に与える影響については、以前にも書いたような気がするが、これはもう少し認識されても良いのではなかろうか。

この事の背景にあるのは、「演奏中楽器の全ての部分は振動するのであるから、全ての部分が振動に対して抵抗しないようセットアップした方が良い」という事のようである。もう少し言えば、弦間隔が広すぎると、ネックの振動を阻害するということのようである。

写真は、右側が新しいナットである。写真の縮尺が違うけれど、指板の巾は変わっていないので、基準になると思う。注意深い方は気づかれたかもしれないが、弦間隔を均等・適正に保って、全体をほんの少しだけG線寄りにしてある。これは必ずしも行う必要は無いが、目的は単純に弾きやすさのためである。

劇的とは言えないが、新しいナットは、古いナットと弾き比べてはっきりと分かる位、楽器の鳴りを改善した。「劇的に」と言うほどではない改善は、嬉しい手応えである。それは積み重なるからだ。

2008年4月23日

N氏の楽器1---指板


ジャズベーシストのN氏に楽器をセットアップする機会を頂いた。

N氏にご快諾頂いたので、一連の内容について少し紹介させて頂けることになった。今回は、指板とナットの調整が主な依頼内容であったが、その他にも行った方が良いと思われる項目がいくつかあり、相談させていただいたうえで作業を行った。

ところで、筆者の工房の窓には、直射日光を避けるためのブラインドがかけてある。意図したわけではなかったが、規則正しい模様が指板への映り込むと、指板削りのクオリティを確かめる事ができる。

写真は、一通り作業を終えた指板をナット側から見たところである。ナットは外してある。ブラインドの映り込みの線が滑らかな曲線を描いていれば、指板の曲率が不規則になっている部分が無いと言う事になる。ただし、指板は映り込みを完璧にするために使うわけではないから、実際には許容範囲がある。

以前にも書いたように、指板を削る場合には2種類の定規を使って進め、弦高の推移が滑らかになるよう、また、弦が雑音を出さないように削って行く。楽器を弾く場合、押さえた弦の上側(ナット側)が、指板に当らないようにしなくてはならないし、反りの量を適正にしなくてはならない。

写真を厳しい目で見れば、G線側の最高音近辺は多少歪みが残っているので、個人的には、ここを完璧にしたい気持ちになってしまうが、指板を長持ちさせる事も考える必要があると思う。もちろん当然の事ながら、演奏が快適に出来ると言う事は、言うまでも無く大前提である。写真の指板は、実際の使用上は全く問題が無い。黒檀は高価な材料であるし、調整すれば薄くなってしまうから、補修を最小限に抑えれば、長く使える。将来、指板が薄くなってきた時、最後のひと削り分が増えるという訳である。

また、実を言えば、E線上の最高音付近には殆ど曲率が無い(E線全体としてはキャンバーはある)。これは映り込みからは分からないが、元々この部分が低かったため、ここにキャンバーをつけると、全体の切削量が増える。指板の先端でE線を弾く頻度から考えて、今回は削る量を少なくし、指板を長く使う事を優先したわけである。

2008年4月16日

新世代(?)ウルフキラー


従来の(ゴムパーツの介在する)ウルフキラーには、ウルフ以外の音に対する副作用があるのが、悩みの種である。遅まきながら、先日ゴムの無いタイプのウルフキラーをテストする機会に恵まれた。

写真は17gのもので、弦を少し緩めてから、溝に弦を押しこむように入れ、弦のテンションだけで取りつける構造になっている。取りつけた後は、弦を緩めなくても位置の調整は可能だった。既存のウルフキラーと違い、本体以外の部品が無いため、壊れる事も、余計な音を立てることも少なく、シンプルで優れたデザインではなかろうか。

筆者の試した条件では、ウルフに対する効果は既存のウルフキラーと遜色がなく、ウルフ以外の音に対する副作用は、ゴムのあるタイプに比べてとても少なくなっていると感じた。殆ど気にならない位と言っても良いように思う。もちろん、ウルフを抑える訳だから、ウルフトーンのでる音程の音色は変化する。願わくばもう少し安くなってくれると大変有り難いと思う。
製造は見附精機工業ではないかと思うが、山本弦楽器から購入する事ができる。

一方、今回実際に使ってはいないが使用を検討したのは、MbergのLup. Xで、これも同じコンセプトのウルフキラーのようである。こちらは丸い形で、本体がおねじ側とめねじ側の二つに分かれ、間に挟んだ弦を締め付けて取り付けるようだ。同じく真鍮製で、ゴム部分が無いので、dumping effectが無いという。この理屈で行けば、音に対する効果としては先述の物と同様ではないかと思うので、意匠の問題という事になるかもしれない。重さは、20gと30gで、 線径が1.3 to 2.8 mmの弦につく。

小売は、株式会社白川総業Southwest StringsThe Sound Post に取扱があるようだ。

2008年4月10日

駒の大きさ

コントラバスの駒を選ぶ時、サイズはとても大切である。

特に重要なのは、脚の間隔で、駒を楽器のセンターに置いた状態で、E線側の脚がバスバーに相対している大きさがその楽器の標準的な駒の大きさと考える事が出来る。

この事は特に無視されやすい様で、バスバーの位置を無視した大きい駒が選ばれている楽器を見ると、どのようなメリットがあるのか理解に苦しむ。単に5弦だからという理由で大きな駒を選択するのは良くないのではなかろうか。

もちろん、中には例外もあって、試行錯誤の末、ベストのサイズとして選ばれている場合もあるのかもしれない。色々な楽器がある訳だから、頭から例外を排除することは慎まなくてはならないと思う。しかし、その様な試行錯誤を経て得られたセットアップであれば、楽器の持つ能力が十分に発揮されているはずである。

もしそうでないならば、基本的には、駒が効率良く弦の振動を伝えるために、バスバーとの位置関係が合っている方が良いのではないかと思うし、少なくとも、そこをセットアップのスタート地点として選ぶ事には合理性があるのではなかろうか。

2008年4月6日

魂柱は導く

写真は、エンドピンの穴から魂柱を見たところである。
楽器に限らないが、こうやって中を覗く時、「中で暮らしてみたいなあ」と思うことがある。妻は「何を言っているのか全然分からない」と言う。

ともかく、良く作られた魂柱は立てやすい。
もし、魂柱を絶対に動かしてはならないという要求があれば、治具を使って楽器の表板をプレスして作業を行うしかないが、何らかの都合で魂柱を外し、位置を記録しておいた位置に戻すことがある。

この時、入っていた魂柱がいい加減なものだと、まず元あった場所の近くに立てる事すら難しい事がある。さらに微調整の時に回転してしまったり、表板に密着する位置がなかなか見つからなかったりする。修正するにも、魂柱の長さが長いとは限らない。

こうなると、新しく作らない場合には、より良い立て方を探すしかない。木目の方向をずれた状態にしたり、少し斜めに立てる等の妥協点を探る。どちらかと言えば、裏板より表板の方が傷つきやすい事を考えると、表板のフィットを優先する場合が多い。ただ、通常f孔から覗いて良く見えるのは、裏板と接する方の端だから、見た目はあまり宜しくない事になってしまう。

しかるべく加工された魂柱は、すんなりと作業が進むように思う。何の特別なことをする訳でもなく、当たり前のように、勝手に元に戻って行くようである。迷いが無く、フィットも自然だ。この様な時には、前の作業者に対する尊敬の念が生まれるし、そこから学ぶ事も多い。