2009年4月6日

育てる

楽器の事を、演奏の面でもっともよく知っているのは、何と言ってもオーナーの方である。だから、セットアップの押し付けを恐れる。

事前に相談し、調整で良い場所を探って、一定の線まで持って行っても、必ずしもオーナーのスタイルや音の好みにぴったり合うとは限らない。体格や演奏の仕方も違えば、要求される音もそれぞれだ。セットアップを変えれば、演奏のフィーリングも変わるから、以前は良かった部分にも変更が必要になることもある。弦高の好みや、弦の間の音のバランスなどは、最終的には弾いてもらって確かめ、良いところを探していく作業が必要になるのではなかろうか。

「私の調整はスタンダードなんです。」と言うと、誤解を受けることもあるが、これは調整が素晴らしいと言っている訳ではなくて、少なくとも最初はできるだけ標準的な状態にセットアップしているということである。音色や、音量のバランスを中庸にすると、楽器の個性も分かりやすい。つまり、最初の調整は、スタート地点という事になる。どんなリペアラーでも同じだと思うが、フィードバックを返して、音の調整の方向を相談することで、継続的に付き合う利点が出てくるのではなかろうか。

同じ楽器でも、答えが一つとは限らないと思うので、あくまで楽器の個性の範囲内という条件はつくが、好みに応じてセットアップを選択できる可能性もあるように思う。もちろん、調整にはトレードオフがあるから、すべての条件を満たす解が得られないこともあるし、ギリギリまで追い込んでこれ以上は無理という場合や、楽器の特性上どうにもならないような特殊な状況もあるかもしれないが、フィードバックを返すことは、セットアップを育てることなのではなかろうか。

4 件のコメント:

メルクリウス さんのコメント...

仰せの通りだと思います。
同じ作りをしていても全く同じ調整とはいかないのは
楽器の悩みどころであると同時に面白さですかね。
標準って何だろう?と頭抱えながら調整を続けながら、理想と現実とのバランスをとっていくしかないですから。
難しい世界です。
一度C装置の現物も見てみたいと思いながら、
G線上の狼退治に苦戦する日々です。

yamaguchi さんのコメント...

メルクリウスさんコメントありがとうございます。

確かに、おっしゃる通り出てくる音を基準にすると、何をもって標準とするかは難しい問題です。
駒や魂柱には、健康的に調整できる範囲がありますが、私が標準的にセットアップする場合には、その範囲の中で中庸にセットアップしています。
ちょっと乱暴な言い方ですが、ヘルシーに調整できる範囲で、どちらの方向にも調整できる余地を残した状態を標準的と考えています。いったん最初のセットアップが決まれば、その状態を基準にして、次の調整ができるのではないかと思います。

ウルフは難しい問題で、取り敢えず即効性のあるのはウルフキラーなのではないかと思います。いろいろ悩みは多いご様子ですが、どうぞお楽しみください。

きゃっつ さんのコメント...

育てるという観念は非常に面白いですね。

この考え方は、ある意味、飲食店(特に飲み屋)に似ていると思います。
ただ、関係をつなぐのが食べ物か楽器かという話ですね。
楽器を預けておけば自分の好みの音に仕上げてくれる。
これが理想であり、またそうであるべきでしょう。
そして成長(退化も)するのは楽器だけじゃなく弾き手もですから、最終的に確認、微調整という作業が必要になるのでしょう。
この楽器、奏者、リペアラーという3者が同じ歩調で歩んでいけば、良いものが生まれるでしょうね。

話の流れからすると、誰が調整したか分かるような音を作る人もいるのでしょうか。
フィードバックを受け付けない殿様営業の方々は数多くいるのではないかと推測しますが、そんな話はどうでもいいことでした。

単なる金銭によって発生した契約の関係だけでは良い調整は生まれないでしょうね。

yamaguchi さんのコメント...

きゃっつさんコメントありがとうございます。

きゃっつさんの理想は、入ってきたお客さんの顔を見ただけで、食べたいものを握って出してくれる鮨屋という感じでしょうか。

そうなると、まさに達人ですが、自分の事を振り返ってみれば、試奏を重ねても、自分の演奏の技量以上の事は分からない訳ですし、楽器と同様、人の体も千差万別ですから、やはりご本人のフィードバックがなければ、セットアップを詰める事は難しいと思います。

音で人を識別できるような音づくりについては、私は少し懐疑的です。楽器には個性がありますし、その楽器にとって何が良いかを考えて作業すれば、音は其々になるように思えます。そういうセットアップを行えることが、理想的に思えます。偉そうに言っていますが、実際には、音を作っている訳ではなく、ジタバタしながら楽器に教えてもらう感じです。

仕事として受けたなら、ドライな関係でもクオリティは保つ必要があると思います。ですが、おっしゃる通り、単なる金銭によって発生した契約の関係以上のものがあると思える時には、当然に、喜びやエネルギーが生まれてくるように思います。仮にそういうものが無くても、その楽器に愛情を注ぎ、楽器が応えてくれれば仕事としては報われたと言えるのではないでしょうか。本音としては・・・次に依頼された時はちょっと考えるかもしれません・・・。(笑)