楽器のセットアップはやはり徐々に劣化すると思う。
定期的に楽器店を訪れるのが良いと思う。
本当に良い状態を保つためには、2年に一度位は一旦セットアップを解除して状態を調べられれば理想ではないか。プロの方にとっては、楽器のダウンタイムが死活問題になる時もあると思うが、しばしば、オーナーの方の耳は徐々に変化する楽器の状態に慣れてしまい、それを無意識に補いつつ演奏されている場合もあると思う。
加えて、弾き込みの効果を最大に引き出すためにも有効ではないだろうか。
ソフトケースに入っていても、駒を何かにドンと当てるだけで駒の状態は変化する場合がある。駒の脚は、弦のテンションに押されて広がろうとしている力と、摩擦力と材料の強度がバランスをとった状態で立っている。この状態が外力によって少し変化してしまう。
また、駒が指板側に倒れてくるのを修正する時、駒の足が動く場合もある。表板のアーチとの関係で駒が「歩く」楽器では仕方ない場合もある。
楽器から全てのテンションを取り除き、しばらく置いてから再度チェックすると、変化が生じている事もある。楽器のあらゆる場所が、弦からのテンションに対して変形しバランスを保っている。セットアップを大きく変更した後などは、楽器の表板が受ける力が変化したりして、そのバランスが変わる。駒のフィットが変化している場合もある。
周囲の環境の変化による影響もある。湿度に応じ特定の方向に収縮する材質を素材とする以上、何らかの変化が生じる事は避けられないのではなかろうか。
楽器も車のように人の手によって作られた道具である。消耗や劣化を定期的に調べることで良い状態を保てるのではないか。 さらに、劣化や故障を回復する以上に、定期的にチェックする事には重要なメリットがある。過去に行われたセットアップに基づいて、その上になにがしかを積み上げられる可能性が高い。前回の状態と現在の状態を比べる事で、その楽器に対する理解が進むし、その間弾き込まれた事による変化を感じられれば、「あの頃」よりも状態を良く出来る可能性もあるように思う。
2012年2月28日
2012年2月16日
細部と全体の間
セットアップには細かな作業が沢山ある。シンプルな造形に見えて、それぞれのパーツには、それぞれの細かな作業がついてまわる。
細かい作業は枝葉なのかと言われれば、必ずしもそう言えないのではないか。楽器全体をどうしたいかという考えがあって初めてディティールを詰めることができる。楽器のセットアップは、個々の作業の効果を足し算して行ける作業だと思うので、個々の方向性がバラバラでは、足した結果が大きくならない。細かい事でも本質なのではないか。シンプルに見える造形が単純なものとは限らない。
セットアップは、楽器の能力を発揮させ、快適に弾ける状態にする事で、主に消耗する部分が対象になる。駒、魂柱から、指板、ナット、サドル、ネック等、また、テールピースやチューニングマシンも対象になるかもしれない。
チューニングマシンの手入れは、セットアップとは呼べないかもしれない。しかし、「壊れている訳ではないが、調子が悪い」チューニングマシンは非常に多い。チューニングマシンの調子が悪いと、調弦が快適に出来ない。調弦が快適にできることは演奏と演奏生活のクオリティに対して大きく貢献すると思う。
「何となく調子が悪い」セットアップと、「何となく調子が良い」セットアップの間には、深くて暗い川・・・ではなく、数多くの細かな作業が横たわっている。 この二つは決して近くないと思う。
細かい作業は枝葉なのかと言われれば、必ずしもそう言えないのではないか。楽器全体をどうしたいかという考えがあって初めてディティールを詰めることができる。楽器のセットアップは、個々の作業の効果を足し算して行ける作業だと思うので、個々の方向性がバラバラでは、足した結果が大きくならない。細かい事でも本質なのではないか。シンプルに見える造形が単純なものとは限らない。
セットアップは、楽器の能力を発揮させ、快適に弾ける状態にする事で、主に消耗する部分が対象になる。駒、魂柱から、指板、ナット、サドル、ネック等、また、テールピースやチューニングマシンも対象になるかもしれない。
チューニングマシンの手入れは、セットアップとは呼べないかもしれない。しかし、「壊れている訳ではないが、調子が悪い」チューニングマシンは非常に多い。チューニングマシンの調子が悪いと、調弦が快適に出来ない。調弦が快適にできることは演奏と演奏生活のクオリティに対して大きく貢献すると思う。
「何となく調子が悪い」セットアップと、「何となく調子が良い」セットアップの間には、深くて暗い川・・・ではなく、数多くの細かな作業が横たわっている。 この二つは決して近くないと思う。
2010年10月14日
コンテムポラリー・イタリアン
ものの本*によれば、ヴァイオリンの世界では、オールドと言うのは19世紀初頭までに作られたものだそうで、それ以降のものがモダン・ヴァイオリンと言う事になっていて、作者が存命中のものは、コンテムポラリーと呼ぶようである。
コントラバスの場合は、全然事情が違うのかもしれないが、今回はこの分類にならって、コンテムポラリーのコントラバスと呼ぶ。
現状のままで、かつては素晴らしい音だったとのお話であった。問題は、今は、いまひとつ良くない事である。しかも、駒も魂柱も何もかも今付属しているもので状態が良かったのだから、パーツを交換する必要が無い訳で、難しい条件である。魂柱の位置も悪くは無い。
三つ目は、アジャスターと駒の脚の部分の隙間である。これもE線側で、アジャスターのための軸穴が浅くなっていて軸が底付きし、アジャスターのディスク部分と駒の脚とが密着していない状態であった。隙間は0.1mm位だから、本当なら目視で分かるはずだが、このタイプのアジャスターは、ディスク部分の中央だけが駒に接するようになっていて、周辺はもともと浮いているように見えるので分かりにくかった。非常にクオリティの高い駒なのに、本来の能力を出していないため、何か問題がある事は感じていて、さんざん悩んだ末にようやく発見した。どうやら、駒のE線側だけが何らかの理由で加工されたようである。
* ヴァイオリンの見方・選び方―間違った買い方をしないために (基礎編): 神田 侑晃・著, レッスンの友社
コントラバスの場合は、全然事情が違うのかもしれないが、今回はこの分類にならって、コンテムポラリーのコントラバスと呼ぶ。
現状のままで、かつては素晴らしい音だったとのお話であった。問題は、今は、いまひとつ良くない事である。しかも、駒も魂柱も何もかも今付属しているもので状態が良かったのだから、パーツを交換する必要が無い訳で、難しい条件である。魂柱の位置も悪くは無い。
少し時間をかけて調べると、少なくとも三つは目に見える問題があった。
一つは、ネックと表板の接する部分が密着していない事である。表板に対する弦のテンションは、ネックと表板が接する部分と、サドルと表板が接する部分に直接かかっていた方が良いと思う。
二つ目は、駒と表板のフィットが良くない事である。G側とE側の駒の足裏の仕上がりが異なる事から、オリジナルの状態ではなく、途中で何らかの変更が加えられたのではないかと思われた。仕事のクオリティから見て、手が加えられたのはE側の足であろう。
三つ目は、アジャスターと駒の脚の部分の隙間である。これもE線側で、アジャスターのための軸穴が浅くなっていて軸が底付きし、アジャスターのディスク部分と駒の脚とが密着していない状態であった。隙間は0.1mm位だから、本当なら目視で分かるはずだが、このタイプのアジャスターは、ディスク部分の中央だけが駒に接するようになっていて、周辺はもともと浮いているように見えるので分かりにくかった。非常にクオリティの高い駒なのに、本来の能力を出していないため、何か問題がある事は感じていて、さんざん悩んだ末にようやく発見した。* ヴァイオリンの見方・選び方―間違った買い方をしないために (基礎編): 神田 侑晃・著, レッスンの友社
2010年3月29日
black bass
黒い楽器のセットアップをご依頼いただいた。
確かに予感のする音である。しかし、しばらく使われていなかった楽器で、とるものもとりあえず駒が立ててあるという事だった。表板や裏板には剥がれがあり、内側の状態もあまり良いとは言えない。Topを開けるか迷うところだったが、表板や裏板の接着面の状態からみると、開けた場合にはダブリングや、魂柱パッチのやり直しなども必要になる可能性が高く、費用がかさみそうである。ここは、ともかく楽器の性質を見極めるためにも、開けずにセットアップする事になった。
楽器は過去に少なくとも2度は開けられていて、時間の経った修理とそれほど時間の経っていない修理が混在している。表板や裏板と側との接合面の状態も宜しくない。剥がれている部分も多く、ついている部分もニカワが噛んでいる状態である。魂柱は、魂柱パッチを傷つけている。指板やナットは黒檀製ではなく、交換する事になった。チューニングマシンもあまり良くないので、こちらも交換する。
古い方の修理には、リペアしたお店のラベルが貼られていた。アメリカのお店のようで、今は無いようである。
チューニングマシンを外すと、スクロールチークには、元のニスの雰囲気が残っていた。最初はそれほど黒くなかったのかもしれない。修理され、ニスが塗り重ねられて色が濃くなったのであろうか。満身創痍で、不遇の時を過ごしたのかもしれないが、今度の持主は必ず大切にしてくれる方である。
確かに予感のする音である。しかし、しばらく使われていなかった楽器で、とるものもとりあえず駒が立ててあるという事だった。表板や裏板には剥がれがあり、内側の状態もあまり良いとは言えない。Topを開けるか迷うところだったが、表板や裏板の接着面の状態からみると、開けた場合にはダブリングや、魂柱パッチのやり直しなども必要になる可能性が高く、費用がかさみそうである。ここは、ともかく楽器の性質を見極めるためにも、開けずにセットアップする事になった。
楽器は過去に少なくとも2度は開けられていて、時間の経った修理とそれほど時間の経っていない修理が混在している。表板や裏板と側との接合面の状態も宜しくない。剥がれている部分も多く、ついている部分もニカワが噛んでいる状態である。魂柱は、魂柱パッチを傷つけている。指板やナットは黒檀製ではなく、交換する事になった。チューニングマシンもあまり良くないので、こちらも交換する。
古い方の修理には、リペアしたお店のラベルが貼られていた。アメリカのお店のようで、今は無いようである。
チューニングマシンを外すと、スクロールチークには、元のニスの雰囲気が残っていた。最初はそれほど黒くなかったのかもしれない。修理され、ニスが塗り重ねられて色が濃くなったのであろうか。満身創痍で、不遇の時を過ごしたのかもしれないが、今度の持主は必ず大切にしてくれる方である。
2010年3月7日
ガット弦
そのため駒側に関しては、指板からの距離としての弦高を厳密に決めるよりは、弦の太さを勘案し、弓で弾く場合の隣の弦とのマージンを重視した。ナット側に対しては、弦を押さえなくてはならないので、指板からの弦までの距離を優先した。
駒と弦との接触面積を比較的大きめにし、弦を傷つけにくいよう配慮した。溝の中を少しだけ強化したが、巻き線の弦については、丸線の巻きという事もあり、多少の食い込みは避けられないかもしれない。
テールガットに枕をつけたテールピースは動きの自由度が高く、素材をメープルにした事で、かなり軽くなった。淡色のテールピースも、バロック風(?)で、ガットのセットアップには合うように感じた。ハイサドルを導入し、さらに、テールピースに枕が付いたことから、サドル付近の楽器の厚みはかなり増える事になった。実は最後に、ケースに入れる段になって、サドル付近のケースの寸法を考えていなかった事に気付いた。音を優先して必要な事をするのは本来の姿勢だとは思うが、何とか入ったので良かった。
2010年1月14日
楽器本来の音
楽器本来の音とは何だろうか。稚拙な筆者でも考える事がある。この問い自体虚しいだろうか。
正月、コントラバス奏者の方とお話しする機会があった。楽器の話から弓の話まで、色々聞かせて頂いた。楽器のセットアップについては、楽器本来の音になるようにセットアップするのが良いのではないかとおっしゃっていた。一流の演奏家なのに、あくまでも楽器を尊重されている姿勢に新鮮な感銘を受けた。筆者も楽器本来の音を目的と考えて作業しているが、それでもやはりセットアップには、依頼された方や作業者の好みを反映する(されてしまう)余地があると考えていたので、尚のこと興味深い話であった。
楽器の各部分が正確に接合され、駒や魂柱、ナットやサドルの加工が正確に行われる事は、楽器の持つ能力を最大限に引き出すために必要な事で、楽器本来の音を引き出すための作業と言ってよいと思う。楽器のロスを減らし、効率を高めるからである。
直接音に関係しない弦高や指板のキャンバーなどは、演奏家のスタイルによって決まる比重が大きい。弦高は駒の高さという点では音に関係するが、厳密にいえば望む弦高で駒の高さが最適になるように、ネックを操作すればよいという事になるのではなかろうか。標準的な値はあるものの、健康的にセットアップできる範囲の中で、これらを決めるのは楽器でなく演奏家である。
駒の材質や処理方法、またモデルの違いはどうだろうか。魂柱の素材や太さはどうだろうか。駒の位置や魂柱の位置も、試行錯誤して良い位置を探るが、楽器の性質だけによってこれらを決められるだろうか。セットアップで行える調整の範囲は、あくまでも、その楽器がもともと持っている性格の範囲内であることは大前提である。それでも、やはり筆者にはある程度の余地あるような気がする。これは、間違いかも知れない。能力が高い人ならば、楽器をみて、ただ一つで最善の解を見いだせるのかも知れない。能力が高くなくても、あらゆる駒と魂柱との組み合わせを全て試し、その中から最善と思われる物を選ぶと言う事によって、答を探す事が出来るだろうか。
* * *
最近家人に「コントラバスは、どこまでもとのままなのか」と問われ、明確な基準があると、その場は答えた。実際に作業していると、やって良い事と悪い事は割合にはっきりしていると思う。しかし、先のコントラバス奏者の方のお話の事も思い起こすと、面白い問いである。指板交換や継ネックは、本来の楽器を損なわない修理である。これらは消耗品だからである。一方で、楽器の表板を薄くしたり、肩をカットしたりすれば、オリジナルを損なうのではないかと思う。
一つの基準は元に戻せるかどうかという事かも知れない。しかし、セルフバーを持つ表板を、通常のバスバーに交換する事は楽器を損なうだろうか。ブロックを持たないセルフネックの楽器にブロックを追加することはいけないだろうか。これらは、楽器を損なう修理だとは考えられていない。バロックのセットアップをモダンに変更することもそうだろう。これらによって、楽器の能力を引き出すことは、楽器本来の音を引き出した事になるだろうか。
楽器を演奏する道具としてでなく、歴史的に意味のあるものとして扱う必要があれば、ネックや指板やセルフバーは保存する必要があるだろう。製作者のオリジナルであれば、駒やテールピースですらそのままにしておく価値があるかもしれない。
以前にも書いたが、楽器製作者とリペアラの関係は、作曲家と演奏家の関係に似ているような気がする。結局は、楽器の製作者に対する敬意が基準なのではないだろうか。製作者の努力と技量に敬意を払い、楽器が経てきた時間に対して謙虚になる事が必要だ。しかし、それでも、演奏家のように、解釈の余地はあるのではないだろうか。
正月、コントラバス奏者の方とお話しする機会があった。楽器の話から弓の話まで、色々聞かせて頂いた。楽器のセットアップについては、楽器本来の音になるようにセットアップするのが良いのではないかとおっしゃっていた。一流の演奏家なのに、あくまでも楽器を尊重されている姿勢に新鮮な感銘を受けた。筆者も楽器本来の音を目的と考えて作業しているが、それでもやはりセットアップには、依頼された方や作業者の好みを反映する(されてしまう)余地があると考えていたので、尚のこと興味深い話であった。
楽器の各部分が正確に接合され、駒や魂柱、ナットやサドルの加工が正確に行われる事は、楽器の持つ能力を最大限に引き出すために必要な事で、楽器本来の音を引き出すための作業と言ってよいと思う。楽器のロスを減らし、効率を高めるからである。
直接音に関係しない弦高や指板のキャンバーなどは、演奏家のスタイルによって決まる比重が大きい。弦高は駒の高さという点では音に関係するが、厳密にいえば望む弦高で駒の高さが最適になるように、ネックを操作すればよいという事になるのではなかろうか。標準的な値はあるものの、健康的にセットアップできる範囲の中で、これらを決めるのは楽器でなく演奏家である。
駒の材質や処理方法、またモデルの違いはどうだろうか。魂柱の素材や太さはどうだろうか。駒の位置や魂柱の位置も、試行錯誤して良い位置を探るが、楽器の性質だけによってこれらを決められるだろうか。セットアップで行える調整の範囲は、あくまでも、その楽器がもともと持っている性格の範囲内であることは大前提である。それでも、やはり筆者にはある程度の余地あるような気がする。これは、間違いかも知れない。能力が高い人ならば、楽器をみて、ただ一つで最善の解を見いだせるのかも知れない。能力が高くなくても、あらゆる駒と魂柱との組み合わせを全て試し、その中から最善と思われる物を選ぶと言う事によって、答を探す事が出来るだろうか。
* * *
最近家人に「コントラバスは、どこまでもとのままなのか」と問われ、明確な基準があると、その場は答えた。実際に作業していると、やって良い事と悪い事は割合にはっきりしていると思う。しかし、先のコントラバス奏者の方のお話の事も思い起こすと、面白い問いである。指板交換や継ネックは、本来の楽器を損なわない修理である。これらは消耗品だからである。一方で、楽器の表板を薄くしたり、肩をカットしたりすれば、オリジナルを損なうのではないかと思う。
一つの基準は元に戻せるかどうかという事かも知れない。しかし、セルフバーを持つ表板を、通常のバスバーに交換する事は楽器を損なうだろうか。ブロックを持たないセルフネックの楽器にブロックを追加することはいけないだろうか。これらは、楽器を損なう修理だとは考えられていない。バロックのセットアップをモダンに変更することもそうだろう。これらによって、楽器の能力を引き出すことは、楽器本来の音を引き出した事になるだろうか。
楽器を演奏する道具としてでなく、歴史的に意味のあるものとして扱う必要があれば、ネックや指板やセルフバーは保存する必要があるだろう。製作者のオリジナルであれば、駒やテールピースですらそのままにしておく価値があるかもしれない。
以前にも書いたが、楽器製作者とリペアラの関係は、作曲家と演奏家の関係に似ているような気がする。結局は、楽器の製作者に対する敬意が基準なのではないだろうか。製作者の努力と技量に敬意を払い、楽器が経てきた時間に対して謙虚になる事が必要だ。しかし、それでも、演奏家のように、解釈の余地はあるのではないだろうか。
2008年10月3日
セットアップは少しずつ?
以前にセットアップさせて頂いた楽器を、点検と言う事で時間を置いて拝見するとき、状態が少し悪くなっていると感じる事がある。もちろん良い状態を保っている楽器もある。
楽器の変化が少しずつだと、頻繁に楽器を弾いている本人は、かえって変化に気づきにくいという事は考えられないだろうか。自分自身について考えてみれば、確かに、自分の楽器はあまり状態が変わっていない様に思える。しかし、直したい所を何箇所も放置したままなので、多分そんな事はないはずだ。少しの変化は気づきにくいばかりか、演奏によって無意識にカバーされてしまうのかもしれない。
楽器の変化が少しずつだと、頻繁に楽器を弾いている本人は、かえって変化に気づきにくいという事は考えられないだろうか。自分自身について考えてみれば、確かに、自分の楽器はあまり状態が変わっていない様に思える。しかし、直したい所を何箇所も放置したままなので、多分そんな事はないはずだ。少しの変化は気づきにくいばかりか、演奏によって無意識にカバーされてしまうのかもしれない。
2007年7月25日
クオリティ
先日、Robertsonでセットアップされた楽器を拝見する機会に恵まれた。
ソロ用に使われている楽器だが、所有者の方の厚意で、自由に計測させて頂いた。この場を借りて感謝したい。「どうだった?」と聞かれて、思わず「何も特別な事はされていないようです」と答えてしまった。感じた事を上手く言えなかったのだが、何も特別でないけれども、それが特別なような気がした。
指板のキャンバー、駒の位置、魂柱の位置全てが標準的とも言える配置であったのに、全てが手際良く、有るべきところに納まっていると言えば良いだろうか。クオリティとはこう言う事なのであろう。
駒はRobertsonの焼印があり、オリジナルのようだった。面取り等は最小限に抑えられていたが、完璧にフィットされていて、足の形などは、実に美しかった。
ソロ用に使われている楽器だが、所有者の方の厚意で、自由に計測させて頂いた。この場を借りて感謝したい。「どうだった?」と聞かれて、思わず「何も特別な事はされていないようです」と答えてしまった。感じた事を上手く言えなかったのだが、何も特別でないけれども、それが特別なような気がした。
指板のキャンバー、駒の位置、魂柱の位置全てが標準的とも言える配置であったのに、全てが手際良く、有るべきところに納まっていると言えば良いだろうか。クオリティとはこう言う事なのであろう。
駒はRobertsonの焼印があり、オリジナルのようだった。面取り等は最小限に抑えられていたが、完璧にフィットされていて、足の形などは、実に美しかった。
登録:
投稿 (Atom)





