2010年1月23日

指板の形

今回、オーナーの方が最も気にしておられたのがナット側の弦高である。

キャンバーの大きさも大きかったが、ナットの近くから急速に深くなっていた。さらにナットの弦高も高かったため、左手に非常に負荷の高いセットアップになっていた。もう一つ付け加えれば、キャンバーの最も深い部分がナット側に寄っているのもあまり良い状態とは言えなかった。

指板の形で、キャンバーに加えて重要なのは、キャンバーと直交方向の形で、主にRの大きさである。Rが大きければ、4本の弦は平面に近く並ぶ事になり、弓で弾く場合の隣の弦とのクリアランスは少なくなる。逆であれば、クリアランスは大きくなるが、移弦は遠くなり、G線やE線を弓で弾く場合の表板の端との干渉が問題になる場合もある。指板の方向が楽器のセンターからずれている場合は、指板の方向も考えに入れる必要がある。そして、これらに演奏される方のスタイルが加味される事になる。

指板を削りなおす時には、対処療法ながら、ネックの状態の修正も可能である。修正できるのは指板を削る量の範囲なので、あまり大きな修正はできないが、指板の表板からの距離をG線側とE線側でどのように配分するか、また、ナット側と駒側で切削量を変える事も可能ではある。

2010年1月17日

チューニングマシンのための彫り込み

今回は、ヴァイオリンシェイプの楽器で、綺麗な形の楽器である。
弦を外そうとすると、チューニングマシンがとても固い。チューニングマシンを外し、スクロールチークのチューニングマシンのための彫り込みをチェックすると、例によって浅い部分があった。

マシンは、ルブナーのマシンで、写真中白い彫り込みの中の、黒くなっている部分が干渉していた所である。今回のようなチロリアンタイプのマシンでは、プレート取り付けのネジを締めると、ここがウォームに当たって、動きが固くなる。ただ、深く掘りすぎるのも良くない。掘り込みの縦に長い部分がウォームギアの出っ張りを避ける部分である。隅の4か所の丸い部分は、ウォームギアの上下を固定する金具が、ベースのプレートから出っ張っている部分である。

チューニングマシンの取り付けには、このような配慮が必要である。細かい事になるが、このマシンのプレートの取り付けネジは、ネジ自体にバラつきがあり、ネジの山が低いものが混じっていた。取り付けられてしまえば見た目では分からないが、取り付ける立場だと、十分な締め付けができないので気になる。山の低いものは交換した。

また、ペグ穴にもペグの軸と干渉する部分があり、ペグ穴の修正も行った。ギアの有る側のスクロールチークから直角に穴が開けられていないと、これも動きを妨げる要因になる。時には、ペグ穴が小さすぎ、軸の動きを妨げている事もある。もともと小さかったという理由ばかりでなく、元はギリギリ良かったが、時とともに木が収縮して小さくなったというケースもあるのではないか。さらに言えば、ペグ穴にニスが入り込んで、動きを渋くしている事もある。

チューニングマシンを外す時、ネジが一本折れてしまった。頭だけが簡単に取れたので、折れる寸前の状態で止まっていたのだろう。恐らく下穴が十分でないところにネジを強引に締めたのではないか。真鍮製のネジはこのような事であっさり折れる事がある。頭が取れてしまったネジを取り除くのは、なかなか大変なことで、特に周りを傷つけないようにするのは難しい。今まで、折れたネジには何度となく泣かされて来た。うまく取り除くには、ノウハウに加えて幸運が必要だ。
今回はあった。

2010年1月14日

楽器本来の音

楽器本来の音とは何だろうか。稚拙な筆者でも考える事がある。この問い自体虚しいだろうか。

正月、コントラバス奏者の方とお話しする機会があった。楽器の話から弓の話まで、色々聞かせて頂いた。楽器のセットアップについては、楽器本来の音になるようにセットアップするのが良いのではないかとおっしゃっていた。一流の演奏家なのに、あくまでも楽器を尊重されている姿勢に新鮮な感銘を受けた。筆者も楽器本来の音を目的と考えて作業しているが、それでもやはりセットアップには、依頼された方や作業者の好みを反映する(されてしまう)余地があると考えていたので、尚のこと興味深い話であった。

楽器の各部分が正確に接合され、駒や魂柱、ナットやサドルの加工が正確に行われる事は、楽器の持つ能力を最大限に引き出すために必要な事で、楽器本来の音を引き出すための作業と言ってよいと思う。楽器のロスを減らし、効率を高めるからである。

直接音に関係しない弦高や指板のキャンバーなどは、演奏家のスタイルによって決まる比重が大きい。弦高は駒の高さという点では音に関係するが、厳密にいえば望む弦高で駒の高さが最適になるように、ネックを操作すればよいという事になるのではなかろうか。標準的な値はあるものの、健康的にセットアップできる範囲の中で、これらを決めるのは楽器でなく演奏家である。

駒の材質や処理方法、またモデルの違いはどうだろうか。魂柱の素材や太さはどうだろうか。駒の位置や魂柱の位置も、試行錯誤して良い位置を探るが、楽器の性質だけによってこれらを決められるだろうか。セットアップで行える調整の範囲は、あくまでも、その楽器がもともと持っている性格の範囲内であることは大前提である。それでも、やはり筆者にはある程度の余地あるような気がする。これは、間違いかも知れない。能力が高い人ならば、楽器をみて、ただ一つで最善の解を見いだせるのかも知れない。能力が高くなくても、あらゆる駒と魂柱との組み合わせを全て試し、その中から最善と思われる物を選ぶと言う事によって、答を探す事が出来るだろうか。

 *   *   *

最近家人に「コントラバスは、どこまでもとのままなのか」と問われ、明確な基準があると、その場は答えた。実際に作業していると、やって良い事と悪い事は割合にはっきりしていると思う。しかし、先のコントラバス奏者の方のお話の事も思い起こすと、面白い問いである。指板交換や継ネックは、本来の楽器を損なわない修理である。これらは消耗品だからである。一方で、楽器の表板を薄くしたり、肩をカットしたりすれば、オリジナルを損なうのではないかと思う。

一つの基準は元に戻せるかどうかという事かも知れない。しかし、セルフバーを持つ表板を、通常のバスバーに交換する事は楽器を損なうだろうか。ブロックを持たないセルフネックの楽器にブロックを追加することはいけないだろうか。これらは、楽器を損なう修理だとは考えられていない。バロックのセットアップをモダンに変更することもそうだろう。これらによって、楽器の能力を引き出すことは、楽器本来の音を引き出した事になるだろうか。

楽器を演奏する道具としてでなく、歴史的に意味のあるものとして扱う必要があれば、ネックや指板やセルフバーは保存する必要があるだろう。製作者のオリジナルであれば、駒やテールピースですらそのままにしておく価値があるかもしれない。

以前にも書いたが、楽器製作者とリペアラの関係は、作曲家と演奏家の関係に似ているような気がする。結局は、楽器の製作者に対する敬意が基準なのではないだろうか。製作者の努力と技量に敬意を払い、楽器が経てきた時間に対して謙虚になる事が必要だ。しかし、それでも、演奏家のように、解釈の余地はあるのではないだろうか。

2010年1月6日

足りないくらいで


ニスの補修は、良いかどうかは別にして、出来の悪さは専門家でなくても分かりやすい。

コントラバスのG側は、床に触れる機会が多いので傷が多く、木部に達している事もある。これを完全に補修しようとすると、木部から補修しなくてはならず、オリジナルのニスを取り除く量も増えてしまう。

名人ならば、跡形もなく全てが無かった事になるような仕事ができるのかもしれないが、私の場合は、やりすぎないように気を付ける位である。
ニスの目的は、美観と表面の保護である。楽器は使えば必ず傷は増える。構造に影響のない傷であれば、有る程度は楽器の一部と考えて受け入れる選択肢もあって良いのではないだろうか。人の感覚は敏感で、本当に補修したのか疑われる位の補修でも、何となく綺麗に手入れされている感じは分かる。写真は上が補修前のもので、下が補修が進んだ状態である。少しずつ全体に渡って、無くなってしまった部分を補うように補修する。

オーナーの方の要望で、以前に補修されたニスの再補修も一部行った。以前に、赤い色の濃いニスで補修された部分で、使われたニスが目立ってしまっている。タッチアップに使われた色の濃いニスをできるだけ取り除き、色を合わせて補修した。

赤のニスは一部木質にも達しているので、下の補修後の写真で分かるように、完全には取り除けなかった。一度強くなってしまった赤を、色を足して消すことは難しい。目立たなくなったとは思うが、この結果で本当に良いか一度見て頂いた方が良いと思い、何箇所かあるうちの、最も目立つものを補修した。

ニスの補修が終わり、最終的に音のチェックをして、全てのセットアップを終え、楽器をお送りした。

2010年1月1日

破魔弓?

新年おめでとうございます。

年末に少し休みを入れさせていただいた。休みにしてはみたが、家人は仕事で忙しく、製作中の弓を進める事にした。

試奏してバランスは問題ないと思ったが、もう少し弓先の毛の巾を増やしたかったので、tipのクサビ穴を少し広げて、穴の仕上げもした。穴にも善し悪しがある。どうせなら、「いいクサビ穴掘れたねえ」と思えるようにしたい。迷いがなく、入り隅がピッタリ納まっていて、それでいて粋な感じにならないかなと思う。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
今年もよろしくお願いします。