2012年7月21日

Pianomania

Pianomaniaを見た。音に対する要求を伝えるのに使われていた言葉が興味深かった。

音色は奏者に寄る所が大きいとは言うものの、楽器の音ももちろんあるし、弾いた時の反応の差などの状態の差はもちろんある。車で言う所の「走り」はドライバーの物だけれども、車自体にも操作性や固有の特徴があるようなものか。

音色に対する要求を言葉にすると、抽象的な言葉になってしまう。しかし、それらを積み重ねて調整を進めるうち、成果は具体的な音として現れてくる。共通の理解に達した時に、「この音」としか言いようが無いものかもしれない。

コントラバスの調整の時も、映画ほど究極ではないけども、似たような言葉のやり取りがある。映画では、演奏家は音(や反応)に対する要望のみを語り、「ピアノのどこがどうだから、そこを少し削ってくれ」というような事は一切言わなかった。しまいには音だけでやり取りしていた。どうやってその音を実現するかは専門家である調律師に任された問題だからだと思うが、調律師に対する絶対的な信頼があると思う。

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