2010年11月30日

アメリカから来たベース

 アメリカから来た楽器である事は分かっている。作者や製作された国は分からない。学校で使われていた痕跡がある。

実は以前に関わりのあった楽器で、とても懐かしかった。かなり前の話なので、当時と今で、楽器を見る自分の視点の違いが非常に良く分かった。今回は、指板を変えたいというお話であった。テンションの低い弦に変えて良く鳴るようになったので、音に不満はないが、改善の余地があるなら、全体的なチェックもというご要望である。

 とにもかくにも、表板の周囲が痛んでいて、楽器を拭く時に布がいちいち引っかかってしまうような状態であった。これを本格的に直すとすれば、エッジをつけ直す事になるが、今回は取りあえず対処療法的に、ただしリバーシブルに、補修する事にした。
作業の初めの方では、楽器のクリーニングを検討する事が多い。楽器が汚れていると、作業中に手がペタペタしてくるし、ニスの補修が必要なところも分かりにくい。喫煙環境で楽器を弾かなければならない場合もある。煙草にまつわる汚れも、匂いだけでなく、長い時間のうちには楽器の状態にも影響するから、落としておくに越したことはない。
この楽器は煙草の汚れは無かったが、長年の汚れが溜まってしまっていた。実は、この汚れは15年前に見たときから有ったもので、当時はニスの一部と思っていた。しかし違っていた。汚れていたのは、主に手で触れる場所であった。
ニスを補修するにしても、汚れを取り除いてからである。

2010年11月18日

コンテムポラリー・イタリアン5

今回の作業の基本的な考え方は、手を加えつつも、良かった時のセットアップを再現するという事である。
どのようなコンセプトで調整が行われたのか、何故それが劣化してしまったのか、楽器に身をゆだねて学ぶ事は多い。一方で、分からない事もあり、自身の未熟さを思い知らされる。分からない所は触れないから、その部分に関しては現状維持と言う事になってしまう。

この楽器のセットアップで特徴的な事は、ハイサドルで表板へのダウンスラストを減らしている一方で、テールガットが極端に短く、テールピースをかなり強く拘束している事である。テールピースは、エボニーでなくハードウッドを黒塗りしたものが使われていて、これは恐らくテールピースを重くしたくないのが理由のように思われた。テールピースを強く拘束することは時折行われ、ハイサドルのように楽器をよりフリーにする操作とは方向性が違うような気もするが、この楽器に関しては、ウルフに対する操作だったのではないかと思われた。

問題は、テールガットがテールピースに喰い込んで、テールガットが長くなったのと同じ状態になっていた事であった。テールガットの長さが短い時には、テールピースの共振ピッチはテールガットの長さに非常に敏感になる。試奏しながら、適切な位置を探って長さを決めた。この長さは、元のテールガットと同じになったので、今回の推測は当たらずとも遠からずという事ではないかと思う。

駒と魂柱の位置については、元の位置は標準的な位置であったので、逆に、あちこちテストした。結局は、元の位置に近くにセットした。近いけれども、ちょっとの移動に良く反応する楽器であったので、元の位置とは言えないかもしれない。魂柱自体の素材は少し重く、表板と裏板へのフィットは悪くなかったが、成形はいまひとつで、円柱の円が、あまり円でない感じである。もっとも、魂柱の断面が真円に近い事にどれほど意味があるのかと言われると困る。疑問はあったが、これは現状維持と言う事にした。一度、オープンリペアがなされているので、必要な魂柱の長さが変わり、その時に作りなおしたのかもしれない。

まだまだ残った課題はあるが、今回出来る範囲の事は全てした。後はまた別な話である。

2010年11月14日

コンテムポラリー・イタリアン4

マイナーな問題と言えども、無視できない事もある。

弦を全て外してしばらくすると、もともとついていたナットでは、指板の間に隙間があいてきた。弦のテンションがかかっていれば、隙間は塞がる。これが音に与える影響は、わずかなものかもしれない。メジャーな問題を解決する一方で、わずかなものも集めていく努力も可能な限りしたい。

単純に考えれば、このようなフィットの悪い状態は、バネを入れたのと同じようなものではないか。もしバネと同じような働きをするならば、振動が伝達されず吸収されてしまうのではなかろうか。フィットを追求しても、所詮は、バネの強さの違いかもしれない。しかし、弦のテンションに対して十分に対抗できるようなバネ(フィット)は追求できるように思える。

先に少しふれた、チューニングマシンの調子も、マイナーな問題の一つかもしれない。リュート奏者のように、演奏人生の半分はチューニング、とまではいかないが、マシンの調子の善し悪しは演奏生活に影響がある。

周期的に重くなるマシンの場合には、ギアが偏心しているのが原因の事がある。軸の片側は、回転に抵抗するため、四角に切られてギアに差し込まれている。四角でない場合もあるが、四角ならば、軸とギアの差し込み方は4通りある。方向を入れ替えて確認した。

ギアとウォームの形が合っていないために重くなる事もある。また、ひとたび楽器に取り付けられて、テンションがかかると、チューニングマシンは、楽器のなりに変形して、原因の追及を難しくしてしまう。プレートの穴の形を加工する必要に迫られる事もある。

2010年11月2日

コンテムポラリー・イタリアン3

演奏する上では、今回のセットアップの最も大きな変更点は、指板の形とナットの弦間隔と言えるかもしれない。

ソロ用の楽器と言う事もあり、極力負荷を減らす方向の調整となった。指板については、キャンバーの量を僅かに減らし、断面方向のRを変更した。キャンバーは弦高とも関係して、少なすぎれば弦が指板に当たる原因になる。弦の種類にもよるが、かなり良い線ではないかと思う。
指板は、G線側のハイポジションが延長されたタイプで、延長部分は付け足したものではなく一枚だった。

断面方向のRは、駒の形によって決まる。駒の形は、弓で弾く時に隣の弦を弾かないようにするためのマージンをどの位取るかで決まる。駒の形から指板の形が決まると考えても良い。現実的には、標準的に必要なマージンは分かっているので、指板を削ってから、駒を作ることが多いが、今回は、駒を交換せず、移弦するときのマージンは今の状態が良いという事なので、駒に合わせて指板を削った。

ナット上の弦間隔は、簡単に言えば隣の弦との距離だから、低いポジションでのオクターブや5度を押さえる時に効いてくる。極端に狭くする例もあると聞くが、今回は標準的な範囲で少しずつ狭くした。弦の間隔は、間隔の値自体も大切であるし、間隔が均等である事も重要ではないかと思う。前者は色々好みや、コンセプトがあると思うが、後者については、不均等にした事が無いので、利点は分からない。ひょっとすると、何かあるかもしれない。
上が新しいナットである。仕上げればもう少し色は黒くなる。弦の間隔の差は、トータルで1.5mmほど狭くなった。技術の粋を極めるような演奏では、1.5mmは決して小さくないのではなかろうか。

2010年10月20日

コンテムポラリー・イタリアン2

 誰しも、何となく習慣にしている事があるのではなかろうか。
大抵の場合、ペグボックス周辺の修理は、修理の初めの段階で行う事が多い。

チューニングマシンの調子が今一つ良くないので、分解して一通り対策をする事になった。
この楽器のチューニングマシンの軸は金属製だけれども、ギアを固定するネジが木製の飾りネジになっている。色々お話を伺っていると、「木の飾りネジを外した方が音が良くなる」という現象が起こるらしい。しかし、この飾りネジは、ギアを固定する役割があるので、外してしまう訳にはいかなかったとおっしゃっていた。

木の飾りネジには重さがあるから、その影響もあるかもしれないが、あまり重たいものではないので、メジャーな理由ではないと思う。調べてみると、ペグの軸とスクロールに開けられた穴の位置関係が良くない。飾りネジを締めると、ペグの軸の先が穴の中で浮いてしまうのである。カンチレバーのような状態である。建物探訪風に言えば、キャンティレバーか。飾りネジを外すと、軸はペグボックスの穴に密着し、弦のテンションをしっかり受けられるようになるので、音が良くなったのではなかろうか。

このチューニングマシンを使い続けるという前提であれば、ブッシングして穴を開けなおすのがベストである。今回は、将来交換する可能性もあるという前提で作業した。歯車と軸の接合部分を少し加工した上で飾りネジを交換し、軸に自由度を持たせて、穴の中で浮かないようにした。木の飾りネジは、ご本人はあまりお好きでなかったので、別に保存して頂いた。必要なら、いつでもオリジナルの状態に戻すことができる。。
 
ちなみに、この楽器ではE線の軸より、G線の軸の方がナット寄りになるようチューニングマシンが配置されている。細い弦の方が曲げやすいから、G線がナットに近い事には合理性があるように思える。音にも影響はあるだろうか。あるかもしれない。

2010年10月14日

コンテムポラリー・イタリアン

ものの本*によれば、ヴァイオリンの世界では、オールドと言うのは19世紀初頭までに作られたものだそうで、それ以降のものがモダン・ヴァイオリンと言う事になっていて、作者が存命中のものは、コンテムポラリーと呼ぶようである。
コントラバスの場合は、全然事情が違うのかもしれないが、今回はこの分類にならって、コンテムポラリーのコントラバスと呼ぶ。

現状のままで、かつては素晴らしい音だったとのお話であった。問題は、今は、いまひとつ良くない事である。しかも、駒も魂柱も何もかも今付属しているもので状態が良かったのだから、パーツを交換する必要が無い訳で、難しい条件である。魂柱の位置も悪くは無い。

少し時間をかけて調べると、少なくとも三つは目に見える問題があった。
一つは、ネックと表板の接する部分が密着していない事である。表板に対する弦のテンションは、ネックと表板が接する部分と、サドルと表板が接する部分に直接かかっていた方が良いと思う。
二つ目は、駒と表板のフィットが良くない事である。G側とE側の駒の足裏の仕上がりが異なる事から、オリジナルの状態ではなく、途中で何らかの変更が加えられたのではないかと思われた。仕事のクオリティから見て、手が加えられたのはE側の足であろう。
三つ目は、アジャスターと駒の脚の部分の隙間である。これもE線側で、アジャスターのための軸穴が浅くなっていて軸が底付きし、アジャスターのディスク部分と駒の脚とが密着していない状態であった。隙間は0.1mm位だから、本当なら目視で分かるはずだが、このタイプのアジャスターは、ディスク部分の中央だけが駒に接するようになっていて、周辺はもともと浮いているように見えるので分かりにくかった。非常にクオリティの高い駒なのに、本来の能力を出していないため、何か問題がある事は感じていて、さんざん悩んだ末にようやく発見した。
どうやら、駒のE線側だけが何らかの理由で加工されたようである。

* ヴァイオリンの見方・選び方―間違った買い方をしないために (基礎編): 神田 侑晃・著, レッスンの友社

2010年10月2日

マジーニモデル11

足したコーナーや、ダブリング(様のパッチ)を行った部分にニスをかける。無くなったコーナーは、反対側のコーナーの形や、裏板の形を参考に成形した。今回の楽器のコーナーは、はっきりした主張があるというより、どことなく擦れてしまった感じに作られていた。
指板は接着に問題があったため、一旦はがしてつけ直し、その後ドレッシングする。指板の接着には、往々にして問題がある事が多い。本来は、互いに密着するように加工されている必要がある。互いに密着度を高めるために最も簡単な方法は、それぞれの接着面の平面度を高くする事である。
しかし、ペグボックスや、駒の高さとの兼ね合いで平面にできない事もあるので、曲面にせざるをえないこともある。いずれにしても良好な接着を得るためには、互いに密着している事が必要である。

駒を作り、いよいよ音を出す。少し落ち着くのを待つ必要があるので、弦を張って直ぐには判断できないが、期待に背かぬ良い手ごたえである。テンションや弾いた時の反応から、さらにハイサドルを追加する事にした。
ハイサドルの形は、ハイサドル自体にあまり主張させないことを目的に、ボリュームや高さを感じにくいような形を検討した。
この楽器についていたテールピースはかなり大きいもので、駒とテールピースの枕部分との距離が各弦独立に調整できるような仕組みになっている。ただ、今回は、駒とテールピースの距離が近いので、出来るだけこの距離を稼ぐよう調整した。

表板のアーチも殆ど問題無いレベルになったと思う。この状態が長く続いて欲しいと願うばかりである。