2013年2月4日

アンダースライド

フロッグのアンダースライドが変形して破損している弓を拝見する事がある。後ろ側だけでなく、前側の事もある。アンダースライドの変形に伴い、黒檀部分も割れているのが普通だ。何故このような破損が起こるのか全く分からなかった。

Paoloさんのブログでその原因の一例が紹介されていた。リンク先記事の一番下の写真がそれを表している。毛替えでフロッグにプラグを入れる時、フロッグを直接台の上に置いて行うと 、アンダースライドに力がかかり、このような変形を起こしてしまうという。

Paolo Sarri
http://www.atelierdarcheterie.com/blog/blog_eng/Articoli/Dangerousreahairings.html

フロッグはスティックからはずすと、アンダースライドのエッジが露出してしまう。アンダースライドは薄い金属で、その下の黒檀は端に向けてさらに薄い。
フロッグからはアイレットが突き出ているので、平坦な面に安定して置くことはできない。一般には、スティックの一部を模した台の上に載せるなどして、アンダースライドのエッジに力がかからないようにして作業を行う。
このような配慮なしに毛替えをするのは想像を超えていた。

2013年1月4日

ウルフ

コントラバスの場合、多くのウルフトーンは、表板の振動モードとの共振で起こるようである。

他の弦楽器は分からないが、経験上は、表板のタップトーンを測る事でウルフトーンの音程の予測がつく事が多い。

ウルフトーンの原因は、その他のマイナーな共振モードに起因するものもあるが、最もメジャーなものは上記の表板のモードではないか。そうであるならば、他にも言われている通り、ウルフトーンは楽器の一部であって、その個性の一部だ。

ウルフがちょうど邪魔にならない所に合って、しかも例えば開放弦に近い時、その開放弦が良く鳴って気持ち良いという事は良くある。このようなケースでは、ウルフは意識されず、単にその開放が良く鳴って気持い良い楽器だと認識されてしまうように思う。この場合は、ウルフには助けられていると言えるのではないか。

そんな事を言われても、現実問題としてウルフが邪魔になる楽器には何の助けにもならない。 表板の振動モードである以上、ウルフを移動するには表板に手を加えるしかない。それは、オリジナルを改変する事につながる。大がかりである上、上手く移動するのは難しい。そんな事が簡単にできるなら、とっくの昔に行われメソッドが確立されているはずだ。

最も現実的な解はウルフキラーを使う事だ。しかし、多くの場合、単に取り付けるだけでは満足は得られない。押し込められたようなウルフで、鳴らないのに抵抗だけがとても大きいような楽器では、ウルフキラーを使うとウルフキラーの効いているピッチでは、音自体の魅力が殆どなくなってしまう。ウルフを低減できても、弾いていてつまらなければ意味が無くなってしまう。

このような場合には、楽器のセットアップを全面的にやり直して、楽器をよりフリーな状態にし、反応を軽くし、テンションを緩める事を徹底的に行う。これにより、ウルフを開放し言わば「暴れ馬」みたいにさせる。ウルフが突出して鳴るように持っていく。他の音程と比べて、音量や音色は突出していても、ウルフ自体の抵抗してくる感じを減らしていく。その上で比較的狭い音程にピンポイントに効くウルフキラーを、突出したバランスを調整するように使う。このようにして初めてウルフキラーが有効に使用できるのではないか。

他の音程に対するウルフキラーの影響を、全くのゼロにする事は難しいかもしれない。また、全てのケースで通用する訳ではないと思う。それでも、全体に音量と音色のバランスを保ちながら、ウルフの演奏に対する影響を低減する方法の一つとして、「狼」を「暴れ馬」にする事に有効性があるように思う。

2012年12月22日

魂柱跡

表板の魂柱の当たる付近が変形する事がある。

この楽器では、最初に拝見した時に既に変形があり、ハイサドルもつけて表板にかかる力を減らした。しかし、今回拝見すると、変形は進行しているように思えた。
製作者に問い合わせると、表板に使われている木の樹種自体が現在の物と違っているとのことだった。どちらかと言えば割れるより変形するらしく、 現状を相談した結果、変形が進行せず現状で止まれば良しとして、さらに高いハイサドルを製作した。

さらに、テンションを開放してしばらく置いてから、駒のフィットや魂柱の当たりも調整を行った。
楽器自体の作りはとても丁寧で、ライニングなども手のかかる方法で入れられている。どこを見てもとても綺麗に作られている。

再セットアップしたところ、とても良く鳴って音量も均一に出るし、反応も良い。ハイポジションの音色も良いし、表板の変形以外は大きな故障もない。これ以上変形が進まないでほしい。

2012年11月11日

Making a Violin Bow



Reid Hudson氏が弓製作の様子を動画で公開なさっています。氏のお人柄と技量、製作に対する誠実さが良く表れているのではないかと思います。
引き続き、続編も公開されるようです。

2012年10月30日

Hearing Protection

世の中すべての人にとって職業上注意すべき安全の一つに、聴覚の保護がある。

大きな音に対しては、耳栓やイヤーマフを使用して、聴覚を守る必要がある。面倒ではあるが、繰り返し大きな音にさらされると聴覚は自覚のないまま少しずつ損なわれるということなので、気をつける必要がある。

この事は知識として知っていても、現実にはよほど強い意志が無ければ実行は難しい。勤めている人なら職場の環境もあるだけになおさらだ。筆者ももっと早くから実行できれば良かったと後悔する事がある。

オーケストラプレーヤーにも同じ問題があるという事は知られてはいるが、どの程度重視されているのだろうか。恥ずかしながら、筆者自身問題を知りつつもどこか他人ごとであった。しかし、楽器の音はかなり大きい音に分類される。ただ、音楽家の場合には耳栓が演奏の邪魔になる可能性があるために、単なる遮音だけでは完全な解決は難しいのではないか。

音量が危険なレベルに達すると、音を遮断する耳栓がある。これが本当に良い製品かどうかは分からないが、危険の無い時にはマイクで音が内部に伝えられるので、単なる耳栓のように常にゲインがあるものより実用性があるかもしれない。
価格はそれなりだが、実用になるなら決して高い買い物では無いと思う。 もちろんもっと安価で単純なタイプの音楽家向け耳栓も多数世の中には存在している。

ETIMOTIC MusicPRO Electronic Musician's Earplugs
http://www.etymotic.com/hp/mp915.html

実は、木工用や射撃用のイヤーマフにも同様の機能をもったものがある。通常は会話が自由にできるが、騒音が危険なレベルになると音を遮断する。同じような機能のイヤーマフを知っていながら、今まで音楽家用の製品に思い至らなかったのが残念だ。

 大きな音で聴覚は損なわれる可能性がある。一度損なわれた聴覚神経(正確な言い方で無いかもしれない)は再生しない。新陳代謝しない細胞のようだ。

どの位大きな音に耐えられるかには大まかな目安がある。色々な基準があると思うが私の見た資料では以下のようだ。
  • 90デシベル 一日8時間まで (芝刈り機、電動工具)
  • 100デシベル 一日2時間まで (チェーンソー)
  • 115デシベル 一日15分まで (車のクラクション)
  • 140デシベル 短時間で聴覚に障害を及ぼす (ジェットエンジン)
もう少し厳しいものでは
  • 85デシベル  8時間まで
  • 97デシベル 2時間まで
  • 100デシベル 15分まで
  • 103デシベル 7.5分まで
筆者は専門家ではないし、この分野にとくに詳しいという訳でもないので、以下の資料にはいくつかの参考になる数値がある。資料の正確性は不明だが、仮にこれらの値が完全に正確でなくても、内容はごくごく常識的な話なので、問題はないと思う。

Noise and Hearing Loss in Musicians
https://circle.ubc.ca/bitstream/handle/2429/816/MusiciansFinalRevised.pdf?sequence=1

オーケストラのピークでは120~137デシベルに達するようだ。

写真の筆者のイヤーマフは木工用としては一般的なもので、29デシベルのゲインがある。先の製品はモードに寄るが15デシベルある。15~20デシベルという値は、ざっと調べた感じでは、音楽用の耳栓としては相場的なゲインのようだ。ゲインが大きすぎると演奏に支障があるのではないか。綿やティッシュを耳に詰め込んで得られるゲインは7デシベル位のようだ。得られるゲインは音の周波数にも依存するので、それらが考慮されていない綿やティッシュはお勧めできないようである。

上記の資料中には楽器ごとの代表的な音量のレベルの表もあって、予想に違わずコントラバスの音量は、他の楽器に比べて低いレベルだった。耳には優しい。

Violin 84-103
Cello 84-92
String Bass 75-83


2012年10月16日

dot

指板上のポジションマークが大きすぎるのでつけ直したいとのご依頼であった。
セットアップを行ううち、マークの位置も指板のセンターでない事に気付いた。

以前のマークは多分box woodで、径は6mm強だったから1/4インチではないかと思う。以前のマークを掘りだし、黒檀で一度埋めてから貝で入れた。写真では、マークはすでに新しく入れ直してある。

マークを入れる時は、弦長が確定してからでないと位置を決められないので、事前にセットアップを決める事が必要と思う。計算で出した位置を参考にしつつ、慎重に位置決めした。


最初にご希望を伺った時は、径が小さすぎる様に思えたが、実際入れてみると良く見えて、まだ小さくしても良いかと思える位であった。良いセンスだなあと感心した。


2012年9月12日

弓のコンディション2


アイレットが入る穴の付近は弱く、製作時あるいは修理時にこの部分への配慮が少ないと、深く掘り過ぎてしまったり、穴の幅を広げてしまったりする事があるようだ。穴が深い場合、スティックの指が当たる部分が少しでも減ってくると、穴が表に出てきてしまう。


チップフェイシングの毛で隠れている所が割れている事もある。この部分は毛のテンションを受ける所でもある。プラグ(クサビ)が抜けないようにクサビ穴の巾の広い方でも負荷を受け持っているが、最終的にテンションを受け持つのは狭くなった方のように思う。スティックまで割れてしまうと深刻だが、フェイシングは交換すれば問題ない。プロテクターの役割を果たしている部品なので、自らが壊れる事で衝撃を吸収するケースもあるのかもしれない。
フロッグを外してこの部分を見る時には、毛の並びを乱さないように注意して行う方が良いと思う。

以前毛の元末が通常とは逆に張られている毛替えを見た事がある。何らかの意図があったのかもしれないが、その毛替えでは、プラグの木取り方向も通常と90度違っていた。

チップのクサビ穴の脇のライニングにわずかな隙間が出来ている事もある。この部分はフェイシングが細くなっているだけでなく、プラグの具合によってはフェイシングを持ち上げる力が働くので、力がかかりやすいのかもしれない。汚れなどが入ってしまう前に補修しておいた方が良いと思う。
プラグは、形で抜けないように保たれていているのが良いと思う。しかし、元々のクサビ穴の形が良くないと良いプラグを作るのが難しい事がある。このよう な時は、少しきつめに作りたくなってしまう。しかし、形でテンションに対抗しないと、きつく入れるだけでは、衝撃の蓄積で抜けてくる危険性がある。どのような毛替えでも100%抜けない保証はないので、最善を尽くしてあとは祈るしかない。時折、たとえプラグが取れても毛が抜けないように迷惑な保険が掛けられている時もある。