2008年6月21日

エクステンションと5弦

コントラCは良い。
問題は、5弦かエクステンションかだ。

言い古されたこの問題に、明確な答えは無いようである。先日エクステンションつきの楽器の隣で弾く機会があり、オルガンを連想させる音に改めて感心した。その楽器が良い楽器だからかもしれないが、支えとエッジの両方がある感じである。楽器の個体差がある事は大前提での話だが、どちらかと言えば5弦の方が音はダークで、柔らかい感じになる傾向があるように思う事が有る。

当然音の良い5弦も存在すると思うし、5弦の方がエクステンションより早いパッセージが弾きやすく、仮に音がダークで柔らかいとしても、その方が適したシチュエーションもあるから、冒頭の問い(?)は、結局選択の問題となる訳である。

筆者の興味の対象は、5弦の方が音はダークで柔らかい傾向にあるとすれば、何故かということである。実際にはそのような「傾向」など無いのかもしれないが、5弦に関して一つ言われているのは、テレビの電波塔である。四方からワイヤーで支えられた細長い電波の中継塔を楽器のネックに例えている訳である。塔を支えるワイヤの数が少なくなれば、あるいはワイヤが片方に寄せられれば、塔は揺れやすくなる。コントラバスのネックも弦の数が増えれば、あるいは弦どうしの間隔が広がれば、ネックはより強固に固定されて振動しにくくなる。その結果、音が抑えられてダークになるという理屈である。

例によって、これが本当の事かどうかは筆者には分からない。現実には、エクステンションと5弦の違いは、楽器の個体差の方が大きいかもしれない。また、楽器本体の問題だけでなく、ゲージが細くて長い弦と、ゲージが太くて短い弦の違いも音に影響を与えているのかもしれない。

2008年6月15日

フィットすることの感覚的な意味


何故フィットさせなくてはならないのだろうか。使命だからなのか?

駒の足にしても、魂柱にしても、エンドピンシャンクにしても、フィットされて密着していなくてはならないとされている。しかし、別に無理してそこまで密着していなくても、ほどほどで良いのではという疑問もごく自然なことだ。

駒の足の裏は、セットアップされてしまうと見えないけれども、そのフィットのクオリティは様々だ。写真右側程度にやってあれば、良心的な方かもしれない。左は、さらにフィットを進めた状態である。疑問は、果たして、これをやる事に意味があるのだろうかというところにある。右側の程度にやってあれば、駒を立てた時に、隙間が見えるという事は無いから、外見からは左右の違いは分からない。しかし、作業を行っている時、互いに合わせてみた時の手応えには、差があるように思われる。以下はあくまでも筆者の主観的で感覚的な話である。

楽器のネックの接合にも用いられている木工の仕口に、蟻(dovetail)がある。詳しい事は省くが、断面が三角形の溝に、同型のホゾを差しこんで、主に摩擦力によって互いを緊結する仕口だ。溝の両壁を平行に作るとホゾを差しこめないので、通常は勾配をつけて、奥に行く程溝は狭く作られる。差しこんで行くにつれ、しっかりと接合される訳である。無垢材で作られたテーブルなら、反りを止めるために同じような形で桟が入っている事がある。

この仕口のポイントは、ホゾと溝の壁が密着する事にある。つまり両者がフィットしている必要がある。フィットの精度が低い場合は、奥までホゾを差しこんで、ホゾと溝がぶつかった時、手応えは柔らかい。フィットの精度が高くなるにつれ、差しこんだ時の手応えは硬くなり、突然硬いものに当って止まったかの様に変化する。これは、精度が高いと、互いに接触した瞬間に、フィットすべき全ての面が一度に当るために、その手応えは硬くなるためだと思う。この感覚は、差しこんだものを揺すっても分かりにくく、差し込んだ瞬間の感覚である。この時の加工精度に対する手の感覚からすると、写真の右左の差は十分に感じられる位の大きさに思える。

フィットの精度が高ければ、その手応えは、仕口部分に吸収されずに伝わってくる。この話と、駒のフィットを全く同じ物として取り扱う事はできないと思うが、感覚的には、駒の足の裏のフィットの精度が高ければ、弦の振動は、駒の足裏部分で吸収される事無く効率的に伝わるように思えるのである。楽器は、意外なほど多くのパーツから出来ていて、それらの間には必ず接合されている部分がある。その全ての部分でフィットが必要である。この時フィットの精度が低ければ、その部分では、振動を伝える効率が低下してしまうのではなかろうか。そして、個々の効率の低下が僅かでも、それらが積み重なれば最終的には、大きな差にならないだろうか。

コントラバスでは、ヴァイオリンより圧倒的に大きな板を動かさなくてはならない。しかし、コントラバスもヴァイオリンも、動力は1馬力ならぬ1人力で同じである。このため、ヴァイオリンよりもさらに効率が求められる楽器なのではなかろうか。例えわずかずつでも、効率を低下させる要因を取り除く事が有効なのではなかろうか。

2008年6月3日

N氏の楽器14---終わりに


N氏の楽器は、比較的最近製作されたイタリアンである。

楽器の内側には、ラベルだけでなく製作者のサインが2箇所にあり、いかにも楽しげである。サインの横に着いたニスも、故意か偶然か、あたかもデザインの一部のようである。これは筆者の想像でしかないが、この楽器の製作者は、楽しみながら、鼻歌でも歌いながら作ったのではなかろうか。

N氏の楽器は、ピチカートにとても良い反応をするし、弓で弾けばパワフルである。筆者のセットアップの一つ一つにもその度に敏感に答えが返ってきた。N氏のもとに戻って、また多くのお客さんの耳を楽しませる事になるのだろう。

2008年6月1日

N氏の楽器13---ノイズ


一通りセットアップが終了し、一息ついた。
輸送の手配も終わり、後はハードケースに納めるだけだ・・・と思ったところが、小さなノイズが出ていることに気づいた。楽器が鳴るようになったからか、チューニングマシンのノイズが止まったからか、以前には気づかなかったノイズだ。気にしなければ無視できるような範囲の気もするが、聞こえてしまった。聞かなかったことにすると言うのも一つの策ではあるが、誠実な態度とは言えないだろう。

ノイズは、ともかくその原因を見つけるのが一仕事である。筆者の能力の問題もある。今回も例によって泣かされた。アッパーバウツのような、リブのような、裏板のような、表板のような・・・声はすれども姿は見えずである。手に豆を作りながら弦を弾き、ようやくネックの付け根付近からではないかとの結論に達した。

一旦、ネックの付け根のトリムを外し、場所をつきとめた。側板の一部が浮いていて、そこが鳴っていた。neck buttもすこし開いているようなので、膠を入れトリムを着けなおした。このトリムピースは、エボニーではなく紫檀の様であった。ニスの修正もし、これで万全と思いきや、事態はそう甘くなかった。実は原因は1箇所では無かったのである。写真右にクランプの一部が映っているように、この後、ネックの反対側の表板の上端部分の接着を行い、ようやくノイズは治まった。