2010年3月14日

駒の角度

楽器の状態を維持するため、何に気をつければよいだろうか。

もし一つだけ選ぶとすれば、駒の角度を維持することが最も効果的で必要な事のように思われる。
調弦などの操作によって、駒はどうしても指板側に少しずつ倒れてきてしまう。これを、日々気をつけ、ずれていれば元の位置に戻す。

良く言われている事で、ご承知の方には釈迦に説法ではある。しかし、それでも駒が倒れてきている楽器は良く見かける。念のために書くと、写真の駒は反ってしまった駒である。

駒の角度を維持する事は、以下の点で非常に重要である。

1)鳴りが維持される
2)弦高が維持される
3)駒が反らなく(あるいは反りにくく)なる
4)表板を傷つけない(あるいは傷つけにくい)

1)駒が倒れてくると、多くの場合楽器の反応は窮屈になり、フリーな感じが失われてしまう。倒れてきた駒を元に戻すだけで、演奏のフィーリングが改善することが多い。駒は徐々に倒れてくるので、音の変化はわずかずつである。従って、皮肉な事に演奏頻度が高い人ほど変化に気付きにくくなってしまう。

2)弦高は、演奏の感覚に直接影響がある。指板よりに倒れると、通常は弦高が高くなる。

3)駒が反ってしまい、元に戻す事が出来なければ、最終的には交換するしかなくなる。
良い駒は安価ではないし、表板に合わせる作業も手間がかかる。正確にフィットされた良い駒を手に入れたら、大事にすべきだ。その楽器に合う駒は、世界にそれしかない。

4)駒が倒れてくると、足の一部分に弦のテンションがかかることになり、表板に傷をつけてしまう恐れがある。

これらすべての事は、日々駒に対して「何もしない」事で起こる。筆者の考えでは、アジャスターの有無は関係ない。

正しい駒の状態は、一般には、駒のテールピース側の面を楽器の表板に垂直にした状態と言われている。ただ、少し厳密にいえば、其々の駒には、駒を表板に合わせた時の角度がある。つまり、垂直に合わせられた駒ばかりではない(と思う)。垂直に合わせられていない駒を無理に垂直にするのは、表板に無理がかかり、駒が倒れてきたのと同じ効果をもたらす。もし、この辺が不明確ならば、一度専門家を訪れ、状態を確認してもらうのが良いと思う。

駒を動かす時に、弦が駒に食い込んでいて動かないようであれば、無理に動かさず、調弦を少し緩めてから駒を操作する事をお勧めしたい。

2 件のコメント:

Bass爺 さんのコメント...

山口さん、お仕事復帰後、ますますコントラバスに対する愛情が感ぜられ、ご同慶の至りと申し上げる他ありません。《これらすべての事は、日々駒に対して「何もしない」事で起こる》とは、まさに(日々の仕事の中から生まれた)名言ですな(私が永六輔ならすぐ手帳にメモするところです)。

あれは6年前のこと、近隣のシンフォニックバンドから助っ人を頼まれたことがある。全日本吹奏楽コンクール県大会への出場で、指揮・指導は吹奏楽部のレベルが高い地元高校の音楽先生である。

大会直前、ホールを借り切って高校生と交替で練習したときのこと。休憩時間に、どんな楽器を使っているのか見に行くと、東欧製と覚しき弾きやすそうなコントラバス(弦バス?)であった。しかし2台あるうちの1台の駒を見たとき、我が目を疑った。その駒は垂直方向から指板側へ30度(!)は傾いていたからである。

どうしてこんなことになったんだろうと、しばらく考えていたが(だいたい想像はついたが)、このまま放っておくわけにもいくまいと、顧問の先生へご注進に及んだ──聞けば1ヶ月ほど前に弦を交換したとのこと。なるほど、新品の弦はどんどん伸びるから、生徒は毎日チューナーと睨めっこしながら調弦に励み、駒はひたすら指板側へと傾いていった訳である(汗)。

ときどき、あのまま放っておいたら……と思うことがある。県大会を突破して上の大会へ出場、楽器はトラックに積まれての長旅……本番クライマックスのフォルテッシモ、弦も引き千切れんと弾ききった瞬間、駒がバタンと倒れ、ストンと床に落ち、テールピースは表板にぶつかり宙ぶらりん……指揮者は何が起こったのか理解できず、場内騒然! コントラバスの基本的な取り扱い方を知ってもらうためには、それも悪くないかもしれない。

yamaguchi さんのコメント...

Bass爺さんコメントありがとうございます。いつも読んで頂いてありがとうございます。どうも文章が妙な翻訳調になってしまい、お恥ずかしい次第ですが、コメントを頂き力がわきます。浅田飴なめて、より滑らかに書きたいと思います。

吹奏楽では唯一の弦楽器ゆえに、正しくメンテナンスされるのが難しいのかも知れないと思います。お話を伺って心が痛むのは、大会の直前に新しい弦を奢ってくれる先生の愛情が、この状態を生んでしまったという所です。

確かに弦楽器は、取り扱いの難しい楽器であります。痛い目を見る事も必要なのかもしれません。それでも、Bass爺さんのような方が通りかかり、適切な助言を授けてくれる幸運が、より多くの学生に訪れる事を願います。