2012年5月9日

スクリューの穴

ボタンのスクリューの長さと、弓のスティックの穴の深さとは一致している方が良いのではないか。
一致していない弓も良く拝見するので断定はできないが。

一致していた方が良い理由の第一は、万一ボタンからスクリューが抜けてきた時、スクリューがスティック内部に入り込む可能性が有るからである。アイレットのmortiseより先の穴は、ネジ部分よりも細く開けられている事が多い。 スクリューが内部に入り込むと、内側からスティックを押し割る可能性が有る。

実際にそのようにして割れた事例は一度見た事がある。何故割れるのかが理解されていなかったようで、何度も修理されていた。

対策は、穴の底に木を入れて穴の深さをスクリューに一致させる。入れる木は、Pernambucoが良いように思うけれども、他のものでも構わないと思う。もし、入れた木が嫌なら、取り除く事は容易で、スティックも傷めない。

穴の深さとスクリューの長さが一致している利点は、万一の対策だけでなく、弓の毛のテンションを穴の底でも分散して受けるため、 ボタンとスティックが接している部分が摩耗しにくくなるということもあるようだ。写真のプレッチナーは2000年の新作なので、ボタンがオリジナルであれば、ひょっとすると、穴を深くする何か別な理由があるのかもしれない。

摩耗と言えば、スティックより柔らかい素材であれば、いわゆるラバー(プラスチック)のボタンは高級感では劣るものの、スティックの保護のためには利点となるのかもしれない。

2012年4月21日

Levinson Masterclass on the Strad

APRIL 2012 VOL 123 NO. 1464のthe StradのMasterclassのコーナーに、Eugene Levinsonによるフィンガリングのコンセプトについての解説が、4ページにわたり譜例付きで掲載されている。
The Strad

蛇足ながら、オンラインでは読めないので雑誌を買う必要がある。

2012年4月15日

駒用のゲージを作ろう


このブログでも述べてきたが、結構お付き合いの長い方でも、いまだに駒が指板側に倒れてくる事を修正する重要性が伝わっていなかったりして、駒の位置を確かめるスティックを作ってみることにした。楽器に関してはご自身での作業はお奨めしていないが、駒の倒れを修正する事は別だ。このゲージは作っておくと便利ではないかと思う。

駒は日々チューニングと共に指板側に倒れてくる事が多いので、これを時折修正する必要がある。 これは演奏者が行わなければならない。弦長で2~3ミリほど指板側に倒れてくるだけで、弦高は高くなって押えにくい感触になり、音は締め付けられたような窮屈な鳴りに変わってしまう。その状態で放っておけば、どんなに高価な駒でも反ってしまい、最悪は作り変える事になる。問題はどの位修正すればいいかが分かりにくい事だ。
弦長を知って、その値で管理もできるが、あまり手軽でない。駒の裏側と表板の角度を目で確かめる方法では、弦長をミリ単位で管理できるか難しいように思う。

駒足が表板の正しい位置にあり、かつ正しい弦長にセットされている状態で、指板の先から駒までの距離を棒か何かに写し取っておこう。駒の正しい位置と、正しい弦長は駒を作った人にしかわからないので、正しくセットアップしてもらった直後に自分で測るか、教えてもらおう。
この小さなスティックを楽器ケースに入れておけば、いつでも簡単にチェックでき、良い状態を維持できる。
駒が倒れてきていたら、Mikeにならって修正しよう。

2012年4月8日

松脂

ISB会報のQ&Aで、楽器についた松脂が採り上げられていた。

楽器表面にこびりついた松脂をどのように落とすかという話で、 実はこれは非常に難しい。
松脂とニスは基本的には同じものなので、松脂だけを取り除く事はなかなかできず、ニス自体にも影響が出てしまうという話であった。

溶媒の違いを利用したり、物理的に少しずつ除去するなどした後、傷んだ分のニスを補うため、表面に薄くニスをかけたりする。

結論としては、「演奏後に布で楽器を拭く」に尽きるようである。

話は変わるが、古い楽器でニスがすれたような外見の楽器でも、擦れた部分にはニスが補われているようである。木部に汗が染みてしまうと木部を痛めてしまうからである。

2012年3月29日

Serrated Graft


何年か前に、Maestro Giovanni LucchiさんのSerrated graftを知った。これは、Maestro Giovanni Lucchiさんが開発した方法とのことである。

チップの近くのスティックが細くなった部分にクラックが入る事が有る。この部分は、強度に余裕が無い上に、しなったり振動しなくてはならないため修理が難しい。単なる接着や、 チップの先端だけが折れた場合のようなsplineを差し込む補強では足りない。

クラックを取り除いて別な木を移植するには、接着面が負荷に耐える必要がある。接着に強度を持たせるためには、できるだけ木端の接着になる方が良い。また、接着面積が大きいほど良い。例えば、Tip全体を新たに作り、斜めにそぎ落として接着する修理では、これら二つを満たし、かつ接着面をより有利な位置に移す事が出来る。

Maestroの方法は、簡単にいえばスカーフジョイントとフィンガージョイントを組み合わせたものと言える。スカーフジョイントもフィンガージョイントもメジャーな仕口だが、この二つを組み合わせて弓の修理に適用した所にオリジナリティがあるのではないか。 安い修理では無いので、弓は選ぶと思うが、一つの有効な選択肢ではないだろうか。 

割れた部分をそぎ取って、新しく移植する材料との接着面をフィンガージョイントでつなぐ。この補修でこの弓が今後どのくらい使えるのか、必ずしも保証はできないが、フィーリングの変化を最小限に抑え、とりあえずは使える状態になった。Maestroの情報なしにこの弓を修理する事は出来なかった。これらの情報を世に公開するMaestro Lucchiの姿勢に感謝し敬意を表したい。

2012年2月28日

セットアップは劣化する

楽器のセットアップはやはり徐々に劣化すると思う。
定期的に楽器店を訪れるのが良いと思う。

本当に良い状態を保つためには、2年に一度位は一旦セットアップを解除して状態を調べられれば理想ではないか。プロの方にとっては、楽器のダウンタイムが死活問題になる時もあると思うが、しばしば、オーナーの方の耳は徐々に変化する楽器の状態に慣れてしまい、それを無意識に補いつつ演奏されている場合もあると思う。
加えて、弾き込みの効果を最大に引き出すためにも有効ではないだろうか。

ソフトケースに入っていても、駒を何かにドンと当てるだけで駒の状態は変化する場合がある。駒の脚は、弦のテンションに押されて広がろうとしている力と、摩擦力と材料の強度がバランスをとった状態で立っている。この状態が外力によって少し変化してしまう。
また、駒が指板側に倒れてくるのを修正する時、駒の足が動く場合もある。表板のアーチとの関係で駒が「歩く」楽器では仕方ない場合もある。

楽器から全てのテンションを取り除き、しばらく置いてから再度チェックすると、変化が生じている事もある。楽器のあらゆる場所が、弦からのテンションに対して変形しバランスを保っている。セットアップを大きく変更した後などは、楽器の表板が受ける力が変化したりして、そのバランスが変わる。駒のフィットが変化している場合もある。
周囲の環境の変化による影響もある。湿度に応じ特定の方向に収縮する材質を素材とする以上、何らかの変化が生じる事は避けられないのではなかろうか。

楽器も車のように人の手によって作られた道具である。消耗や劣化を定期的に調べることで良い状態を保てるのではないか。 さらに、劣化や故障を回復する以上に、定期的にチェックする事には重要なメリットがある。過去に行われたセットアップに基づいて、その上になにがしかを積み上げられる可能性が高い。前回の状態と現在の状態を比べる事で、その楽器に対する理解が進むし、その間弾き込まれた事による変化を感じられれば、「あの頃」よりも状態を良く出来る可能性もあるように思う。

2012年2月16日

細部と全体の間

セットアップには細かな作業が沢山ある。シンプルな造形に見えて、それぞれのパーツには、それぞれの細かな作業がついてまわる。

細かい作業は枝葉なのかと言われれば、必ずしもそう言えないのではないか。楽器全体をどうしたいかという考えがあって初めてディティールを詰めることができる。楽器のセットアップは、個々の作業の効果を足し算して行ける作業だと思うので、個々の方向性がバラバラでは、足した結果が大きくならない。細かい事でも本質なのではないか。シンプルに見える造形が単純なものとは限らない。

セットアップは、楽器の能力を発揮させ、快適に弾ける状態にする事で、主に消耗する部分が対象になる。駒、魂柱から、指板、ナット、サドル、ネック等、また、テールピースやチューニングマシンも対象になるかもしれない。
チューニングマシンの手入れは、セットアップとは呼べないかもしれない。しかし、「壊れている訳ではないが、調子が悪い」チューニングマシンは非常に多い。チューニングマシンの調子が悪いと、調弦が快適に出来ない。調弦が快適にできることは演奏と演奏生活のクオリティに対して大きく貢献すると思う。

「何となく調子が悪い」セットアップと、「何となく調子が良い」セットアップの間には、深くて暗い川・・・ではなく、数多くの細かな作業が横たわっている。 この二つは決して近くないと思う。