2008年3月31日

フィットする

他動詞的に使うとなると、正しくない日本語かも知れない。いけないことだ。「フィットさせる」の方がまだましだろうか。


日本語では、擦り合わせると言うのが近いように思う。ここで話題にしているのは、面と面を密着させる作業のことである。楽器の場合は、本当に擦って合わせる事は少ないかもしれなが、コントラバスに限らず、補修したり、セットアップを行う上で、この作業の占める割合はとても大きい。

駒の足を表板に合わせたり、魂柱の両端を楽器の内側に合わせたりするのは、フィットという言葉から連想される通りである。しかし、ナットを新しく作る場合等は、フィットされているという意識は薄れるのではなかろうか。現実には、新しく作ったナットを取り付ける場合、ナットがネック材と指板に接する面のなす角が90°とは限らないし、そもそも夫々の面が正確な平面であることもあまりない。ここで夫々の面とナットが接する面をフィットさせる必要が生じる。どうせ上を通る弦が押さえるのだから、合っていなくても影響無いように思えるかもしれないが、実際は違う。音に影響がある。


ここで、安易に楽器の方に手を加えて平面や直角を出したりは出来ない。指板やネックは消耗部分だから、ナットの場合は割り切れるかもしれないが、例えば、サドルを交換したり接着し直す場合には、本体と接するパーツの一つは表板である。サドルを交換する度に、修理者の都合で表板に手を加えていては、修理を繰り返すうちに表板を損なう事になるのではなかろうか。さらに、この面には弦のテンションが直接かかるから、フィットしていない(接触面積が少ない)と、これもまた表板を損なう事になってしまう。表板の面に合わせて新しいサドル側を加工する事が必要である。

細かいところで言えば、ナットや駒の弦の通る溝も弦の径に合わせて加工する。これにもフィットの要素がある。意識されるかどうかに関わらず、パーツ同士が接する場合、そこには常にフィットが要求されているのではなかろうか。

2008年3月23日

コントラバス特有

あるコントラバスのリペアラーが、ヨーロッパから来たヴァイオリン製作学校の先生をもてなした時、「チェロが修理できればコントラバスも修理できる」と(気さくに)話しかけられたそうである。そのリペアラーが、それは間違いであって、コントラバスには特有の扱いが必要なのだ、と反論すると、その先生からは、火星人を見るような目で見られたということだ。

もちろん、同じような素材と構造なのだから、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロの修理と共通する事は多いはずである。そのリペアラーは、ヴァイオリンなどと共通の事柄も多いと認めた上で、(ヴァイオリンと比べて)相対的に高いテンション、相対的に薄いパーツ、材料の季節変動など、その大きさゆえ、ヴァイオリンでは問題の無いメソッドがコントラバスでは時に問題になることがあるといっている。

それほど本質的な話でなくとも、例えば、駒の高さを変えるアジャスターやCエクステンション(Cマシン)などは、コントラバス特有の話と言えるのではなかろうか。その他には、チューニングマシン(糸巻き)やフラットバックなどにも特有の要素があるかもしれない。チューニングマシンは、殆どの場合、木ネジを使って取りつけられている。この木ネジもまた、他の弦楽器には用いられていないコントラバス特有の要素ではなかろうか。木ネジ一つとっても、使いこなすにはそれなりの技量が必要だからである。

2008年3月16日

楽器の埃


年月と共に、コントラバスの中には、結構な埃がたまる。

おが屑や小さく切ったサンドペーパーが入っている事もあった。綿埃は、何時しか楽器の中で丸くなってマリモのように成長する。

コントラバスの場合には、楽器を立てた状態の時に埃が積もっているような気がする。フラットバックの場合には、クロスバー上の、立てた時に上面になる面に、障子の桟に積もるように溜まっていることがあるし、アッパーバウツよりロワバウツに埃が多い。特にエンドピンブロックの周辺は溜まりやすいようである。他の場所に積もっても、楽器を弾く時に振動で下の方に落ちるのかも知れない。

埃は楽器の隅に溜まりやすい上、湿気を呼びやすい。楽器の隅は、多くの場合接合部分だから、膠による接着部分に湿気を呼びやすいという事になってしまう。まあ、それほど目くじら立てるほどでも無いかもしれないが、あまりにも溜まっているようだと気分が悪いのである。

やったことはないが、ヴァイオリン等では、炒って乾燥させた後冷ました米を楽器の中に入れて振り、掃除することがあるようだ。炒った米は、以前は塩の容器に良く入っていた。ともかく、これも実際にやるとなると、相応の技量が要りそうである。それに、コントラバスの場合には、楽器を効果的に振るのが難しいと思うし、最後の一粒というヤツはなかなか出てこないと決まっている。
 
中に埃が溜まっていれば、無理の無い範囲で取るようにしているが、柔らかい素材のパイプを介して吸引する事もある。普通の掃除機は、あなどれない程の真空度になるため、そのまま使うのはとても危険であろう。f穴周辺は破損しやすいし、楽器の中に何かを差込むとなると、ラベルを傷つけたりする事だってあるからだ。通常は、何かのメンテナンスの折に、楽器屋に頼むのが賢明なのではなかろうか。その程度の頻度で十分だし、取るか取らないかは、楽器屋によっても判断があるだろう。埃を放っておく方が、無理に取るよりリスクが低いことも考えられるからである。



2008年3月10日

サドルが飛んだ日


先日、弦高の修正と、セットアップの調整ということで楽器をお預かりした。

5弦の楽器で、一見したところ、作業するのに特に問題は無い様だった。一通り現状のセットアップを測定したあと、弦を緩め駒を外し、あまりにも位置が悪いため、魂柱も一旦とり外す事にした。調整されないまま長く置かれた楽器では、魂柱はきつくなっている事が多いような気がする。今が乾燥の季節というのもあり、予想通り、魂柱はきつくなっていた。ところが、予想以上にきつく、取り外すのが大変な位にきつかったのである。表板に大きな損傷が無いのが不思議な位であった。

ともかく、魂柱を外し、「長い分には調整できるな」などと考えていたが、事態はそう甘くなかった。突然、楽器がメキメキと音をたてはじめたのである。どうしたことかと、場所を探すと、サドルと横板の間が開き始めていた。開き始めたのは分かったが、ただ置いてある楽器が勝手に開いて行くのだからどうしようもない。ひとしきり音が続いた後、サドルがボンと外れて音はやんだ。サドル周辺の一部の表板はブロックから剥がれて、隙間が出来ていた。

弦のテンションやきつくなった魂柱によるストレスから開放されたため、変形がもとに戻ろうとしたのだろうと思う。楽器としてはそれほど高価では無いが、名のあるメーカーだから、接着面の剥がれだけで、夫々の部材に損傷が無かったのは、然るべき配慮をもって膠が使われていたからかもしれない。

木材は、相当長い間ストレスを受けていても、そのストレスを取り除けば元に戻ろうとする力がある。取りあえず全てのテンションを取り去った状態で、一晩置くことにした。翌日見ると、エンドブロック周りの表板の隙間は小さくなっていた。