2011年7月15日

指板交換

指板を交換する理由として、指板が消耗して薄くなった、指板の材質に問題がある、指板の形に問題がある、等が挙げられる。さらに、演奏上の理由で交換する場合もある。

指板とネックを足した厚みにも好みがある。ネックの強度は音に影響があるので極端な事は良くないが、ある程度の範囲で好みにできる。ネックの材質や、指板とネック部分の比率にもよる。
手の大きさや形は千差万別だから、薄いほうが良いベーシストもいれば、ある程度の厚みを好む演奏家もいる。今回は、厚みがある方が良いというご希望で指板を交換した。

写真は、元の指板を外したところで、どのような接着が行われたかをしめす痕跡があった。指板とネックを接着する時、指板とネックの間のニカワによって指板がぬるぬると動くのを防ぐために、何らかの工夫がしてある事が多い。位置決めに手間取ると、ニカワをかんでしまう。小さい釘を打つというのは、後に指板を外す可能性を考えると頂けないように思うが、指板の裏に溝を掘ることは良く行われる。余ったニカワを溝に逃がして、指板とネックの密着を促す。これらは、あくまでも接着をスムーズに行うためのものなので、作業上の都合である。

この楽器の指板には溝は無く、指板の裏3か所にスポット的に別な接着材が使われていた。どんな接着剤かは分からないが、ニカワではなかった。この部分が先に固着する事で指板の滑りを防ぎ、接着の工程を助けているのではないだろうか。

以前の指板も指板として薄い訳ではなかった。日々の仕事でお使いになるため、より良いフィーリングを求めて交換を希望された。用意した指板の中から、材質が良く厚みのなるべく厚いものを選んで使用した。

キャンバーを削りだす過程では、指板の材が許す限り指板を厚くするよう注意した。少しでも薄すぎれば、交換した意味が無くなってしまう。実際に弾いていただくと、少し厚すぎたようである。申し訳ありません、次の機会に削らせて頂きます。

2011年7月11日

湿度にご注意を

すでに時遅しだが、今年の梅雨は雨が多かった所もあり、当方にも複数の楽器が持ち込まれた。
確かに、当工房でもかなり意識的に除湿しないと、湿度が高くなりすぎる傾向であった。

冬場の乾燥に気をつけるのと同様に、多湿にも注意が必要である。コントラバスは大きいのでタフだと勘違いされやすいが、ヴァイオリンと同じである。湿度が高い環境に長時間置かれると、ニカワが柔らかくなって、条件によっては接着面が開いてくる可能性がある。

一度乾燥された木材では、水分を吸いこむ速度より水分を吐き出す速度の方が早いと言われている。乾燥する日があればあまり問題ないが、ずっと雨続きだと問題が起こる可能性がある。接着面が剥がれる他に、カビが発生する事がある。ソフトケースの内側表面を良く見て、斑点のようなものがうっすらと見えたら、カビの可能性がある。そうなったら、ケースはアルコール系の消毒剤で拭きとり良く乾燥させる。楽器は、ニスを痛めるので決してアルコールで拭いてはいけない。

単純に乾燥と多湿を比べれば、乾燥の方がより深刻と言われる。これは単に、板が割れるより接着面が剥がれるだけの方が故障としては軽度だからである。

2011年6月27日

東欧から日本にいらしたの?5

古い駒の足の跡には、緑っぽい粉がついていた。

チョークフィットされたのか、または、他の目的があったのかは分からない。世の中では、駒と表板の間に何かを挟んでみるという実験も行われているようなので、これだけから何かを特定することは出来なかった。映画やドラマの刑事は、白い粉を見つけたら、舐めて物質を特定するようだが、そんな危険なことは出来ない。ともかく、この粉は拭きとり、新しい駒を製作した。

 小さめだったナットも、大きさを合わせて製作する。製作なのか制作なのか、今では特にこだわりは無いが、ナットのような単純なパーツでも、機能上いくつか押さえなくてはならない事があり、その辺はこだわっても良いと思う。
ナットのスタイルに関しては、基本的に元のナットを踏襲する。
チューニングマシンのネジは、真鍮製を使用した。本来ならスチールが望ましいのかもしれないが、自分のコレクションには、まとまった数の同じネジが無く、真鍮製のものを使用した。真鍮の表面が酸化してくればなじむと思う。ネジ穴のうち、下穴が大きいものは埋めなおした。

セットアップを終えてみると、反応が良く、かなり明るい傾向になったと思う。特段明るくする方向に調整したわけではなく、たいていの楽器は、問題を取り除いていくと以前より明るく感じる。また、いったんテンションを解放すると、弦を張ったすぐ後は明るく聞こえる事もある。特に、今回は弦もシンセティックコアの弦で、その分派手さが加わっている。

東欧からいらして、しばらくは日本に滞在し、持ち主の方に大切にしてもらえると思う。いつかまた旅する時がきたら、今度はどの国に行くのだろうか。

2011年6月19日

東欧から日本にいらしたの?4

一見ニスが残っているように見えて、実はニスが無いことがある。

手擦れしてニスのような光沢があっても、ニスが無ければ表面から汗を吸いこんでしまう。手でよく触る部分がそうなっていることが多い。この楽器の肩もそうで、クリーニングすると白く木の地肌が出てきた。元の風合いを残すようニスをかける。


 駒や魂柱をセットアップして試奏した結果、ハイサドルにする。サドルを外すと、サドルは以前に外した時に割れたようである。ハイサドルにするので、このサドルは、オーナーの方にお渡しする。表板のノッチも綺麗にする。前に表板を開けた時のピンがかなり際にある。ノッチの奥行きは比較的小さめである。
サドルをとると表板の年輪が良く分かる。ブロックがどのように木取りされているのかも見える。また、横板の厚みがどの位なのかも見ることができる。もっとも横板は、全ての場所で同じとは限らない。


ハイサドルは、少し高めに作って、試しながら下げる。黒檀を少し大きめに木取りする必要はあるが、逆はできないからである。弾いてみて、少し低くした。ハイサドルの形は、いろいろやってきているが、機能としての構造は変わっていない。

2011年6月13日

東欧から日本にいらしたの?3

 コントラバスのチューニングマシンはスクロールチークにネジ止めるされる。

ネジの長さが長すぎれば貫通する。弦のテンションは、チューニングマシンをとめるネジが受けるわけだから、可能な限り大きめで、長めのネジを使いたくなるのは、心情としては理解できるが、貫通はよろしくない。
このネジ部分のトラブルは散見するが、経年変化によるものよりは、取り付け時の不手際によるものが多いような気がする。

例によって、プラスネジが気になるけども、材質がステンレスであることの方が違和感があるかもしれない。この辺の趣味は人によると思う。このチューニングマシンなら、材質がスチールのマイナスが良く合うように思うが、本体と同じくらいの時代があれば、プラスネジでも納まる気がする。

スチールのマイナスネジも集める事にしよう。古い家具や、建具などからサルベージできる。時に、古い道具箱から、箱で見つかることもある。
以前、金物屋が間違って、金物の取り付け用にマイナスネジをつけてくれたことがあった。喜び勇んで店に行くと、丁寧に間違いを詫びられた。そうではなくて買いたいと言うと、探してくれたが、もう無いとの事であった。

2011年5月10日

東欧から日本にいらしたの?2

弦のテンションが無くなると、隙間があいてくるナットがある。

ナットは、たいていの場合は接着してある。あくまで個人的な認識であることをお断りしたいが、ナットは接着されていなくても音の上ではあまり問題にはならない。楽器の使用上は、弦を緩めた時などにずれると面倒なので、接着してある方が実用的である。ただ、接着の有無にかかわらず、ナットが収まるべき場所に密着していることは重要ではないかと思う。

このような事を書いていると、重箱の隅をつつくような事を言うようで、ちょっと気がひける。しかし、テンションがかかっている時に隙間が無くて、テンションが無いと隙間が開くという事は、その分だけバネが入っている訳で、その量によっては、音に影響している可能性がある。本当に影響しているかどうかは、定性的に判断できないかもしれない。通常は一度に全ての弦を外す事は無いので分かりにくいのではないか。一度に弦を外すと、魂柱が倒れたりセットアップを元に戻せなくなるリスクがある。

さらに細かい事を言うようだが、この楽器のナットはなぜか小さめであった。もともとこうなのか、何かの事情があったのかは分からない。

ちょっとくらい隙間があっても、ちょっとくらい小さくてももちろん良い人には良いと思う。法に触れるわけではないし、第一、楽器の世界にはいろいろな自由があるはずだ。しかし、だからこそ、チマチマ細かい事を言って、隙間をなくしたりサイズを合わせる自由だってある。

2011年5月1日

東欧から日本にいらしたの?

 もし楽器の中に何か書いてあったら、一応持ち主の方にお知らせする。

自分の楽器の中に、何か書いてあったら知りたいと思う。時代のある楽器なら、昔に想いを馳せることもできるし、自分が楽器をあずかって来た中の一人で、次の人に引き継いでいくという事も実感できる。

表板の裏側に書いてあるときには、鏡に映す事になるので、読みにくい。写真に撮って反転するまでは、アルファベットでは無いような気もした。

内容がどこまで正確なのかは、鑑定家によるしかない。私は鑑定には素人だから、持ち主の方には書いてあったことを伝えるだけだ。ただ、名のある楽器でなければ、敢えて嘘を書く理由もないとも思う。仮にこの記入自体がオリジナルでなかったとしても、ラベルが痛んだ等の理由で、内容が書き写されたかもしれない。

チューニングマシンから始めた。このマシンには、大きな故障は無かった。左がクリーニング後である。使い込んだ感じが残った方が良いと思う一方、汚れが残っていると、汚れの下がさびていても分からないので、汚れの部分は落とした方が良いと思う。汚れと味の境目はどこなのかが難しいが、機械として正常に動作するために必要な事はやるようにする。歯車の歯の間には、オイルやワックスとホコリの混ざった物が詰まり、ウォームとの摩擦を大きくしたり、かみ合わせを悪くしたりする。この詰まった汚れは思いの外固い事が多い。

チューニングマシンがオリジナルかどうかは(私には断定できないけれども)、ネジ穴やスクロールへの彫りこみが現状のものと一致していれば、オリジナルの可能性は高くなる。ネックから先全てが交換されていれば別だが、マシンだけをつけ直すには、ネジ穴を埋めなおしたり、ブッシングしなければならないので、跡が残る。この楽器にはそのような跡は無かった。