2008年12月25日

今年の虫?


楽器に虫穴を発見した時、古い虫穴の詰め物が取れたのか、新しく虫がついたのか分からない事が有る。

古くても、表面だけ詰め物をしてあった場合、新しい穴のように木の粉が入ったままだ。念のために駆除するとなると、一つ一つにスプレーして薬剤を入れて行くか、燻蒸するかである。スプレーは効果が直接的で効き目も強いが、見えている穴にしか使えない。壁づけの家具のように、見えなくなる面があれば、穴の中だけでなく表面にもスプレーして効果を高める事が出来るが、楽器では無理である。

今回は、プラスチックの袋に楽器と揮発性の有る薬剤を封入して様子を見る事にした。この方法は間接的だが全体に効果がある。虫穴が古く、すでに虫がいない可能性も有るから、いきなり強力な薬剤を使うのではなく、比較的安全性の高いものを入れる事にした。このように密閉された空間なら、効果が期待できると思う。

この楽器の場合には、クロスバーの剥がれがあったので、ついでに乾燥剤と湿度計も封入して、接着前の湿度のコントロールも同時に行った。

2008年12月20日

卵の殻


コントラバスの側板は薄く、場所にもよるが2~3ミリの厚さしかない。

ヴァイオリンの側板より厚いかもしれないが、楽器の大きさの比率から言えば、相対的には薄いと言う事になるようだ。この楽器には古い虫穴が多数あり、ロウの様な補修材で埋められていた。家具や床などの補修に使われるものに似ていて、これでは強度が無いので、埋めなおす必要がある。埋められたものを少しずつ取り除き、虫穴を一つ一つ掃除して行く。

虫穴が飛び飛びのところはまだしも、虫穴の密度が高くて互いに繋がっているような所は単純に埋めるだけでは強度が不足するかもしれないため、穴の部分を削ってパッチを当てる事にした。オープンリペアであれば内側から作業出来るので、パッチの見える面積を減らす事ができる。今回は外からの作業である。接着面積が稼げるようにパッチとの境界を斜めにしてすり鉢状にし、フィットする埋め木を作る。この埋め木の形からegg shellと呼ばれるようだ。側板のRは一方向の曲げだから、厳密には卵の殻とは少し違うかもしれない。接着面の精度が悪ければ、斜めにして接着面積を稼ぐ意味が半減してしまうが、全ての面をskarf jointにするというコンセプトだから、作業を丁寧に行えば継ぎ目も目立ちにくい。

オリジナルの木は年月を経ているため、埋め木のエイジングもやった方が良いのかもしれないが、このケースではニスの色が濃いので、下地を塗る段階で周辺と色合わせする事にした。薄いニスを回数重ねる方が時間はかかるが周辺とのなじみは良いように思うので筆者は好きだ。最終的にニスが周辺と同じ高さになったら、キズをつけて周辺との風合いを合わせても良い。今回の補修個所は、エイジングは行わなかったので艶があがっている。楽器を置く時に床に当る部分でもあり、少しキズが多いので、逆に周辺のニスを綺麗にして行く方向で、今後の補修を計画して行く方が良いのでは無いかと思う。

2008年12月16日

クロスバー


フラットバックの楽器では、クロスバーの端が剥がれる事がある。

ラウンドバックの楽器では、そもそもクロスバーが無いからこの手のトラブルとは無縁である。クロスバーには裏板の伸び縮みによるストレスがかかっているために剥がれやすい。クロスバーが剥がれると、ノイズを出したりするが、音の点でも少なからず影響があるようだ。

クロスバーは極力乾燥した状態の時に付けた方が良いとされていて、これは裏板の動きによらず圧縮方向の力だけがかかるようにするためのようである。通常の使用状況で最も乾燥した状態よりさらに乾燥させた状態で接着するのが望ましいと言う事になる。このケースでは剥がれは端の方だけであったので、あまり意味が無いかもしれないが、一応の乾燥は行った。

以前f孔から入れて中で組みたてるタイプの圧締具を紹介した事があるけれども、今回は表板との間に棒を突っ張って圧締した。シンプルではあるが、棒の長さの調整が多少手間かもしれない。この方法では外側からの固定も併用した方が良いように思う。写真にはリネンパッチでの補強も写っている。

2008年12月11日

またまたペグの軸


表題がパイプのけむり風だ。このペグの軸にも問題があって、どう言う訳か軸の長さが短かく、軸が弦のテンションで斜めに傾き、マシンの部分に無理な力がかかっていた。

ペグ穴は止め穴で、穴の中の様子は外からは分からない。チューニングマシンを外してみると、止め穴の底から軸の延長部分が出てきた。軸の製作時に長さが足りなかったので、足りない分を接着して足したようである。木口同士の接着では強度が期待できない上、常に力のかかる部分なので外れてしまったようだ。楽器自体はとても良い物の様なので、少々理解に苦しむ処理である。知り合いの家具職人の木村さんなら「こいつはいただけないねえ」というはずである。

軸の装飾は特徴的なので保存し、軸のみを新しくした。今回は切り離すついでに四角いホゾを作ってから切り離した。切り離した装飾部分は新しく作った軸のホゾ穴に入れる。この部分はダボや雇い核でも良いと思うが、仕口を四角くすると捻る力に対して強くなり、回って外れてしまうような事が避けられるのではなかろうか。この辺の仕口はあまり本質ではないので、しっかりついて軸の強度を損なわないやり方であれば、他にもやり方はあるのではないかと思う。

2008年12月4日

ペグの軸


チューニングマシンが滑らかに動くには、可動部分に適切な遊びが必要なのではなかろうか。

しかし、時としてこの遊びがノイズの原因になる事がある。これを防いでいるのが弦のテンションである、と思う。弦のテンションによって可動部分の遊びが片方に寄せられ、ノイズを出さないない様に固定されていると考えれば改善の方向が見えるのではなかろうか。

写真のペグの軸は後から交換されたもののようで、ペグ穴に対して少し細すぎるようである。チューニングマシンの軸のセンターは変わらないから、径が細い事によって、弦のテンションによって軸が斜めに引っ張られ、軸の動きが渋くなっている。軸の動きが渋いと、チューニングを下げた時に、弦のテンションがそこで止められてしまい、遊びが開放されて、ノイズを出してしまうと言うのがノイズの原因のようであった。軸の角度を正しく保つためには、正しい太さの軸に交換するのが良いが、今回はペグボックスに当っている先端部分だけを薄い板を巻いて太くした。軸を交換しなくて済むのでコストパフォーマンスはなかなか良いのではなかろうか。

もともとの材料はビーチのようで、黒く着色することにより黒檀を模している。巻いた薄板も同じ材料を使い、硬いニスで着色した。

2008年11月30日

ペグボックスのチーク2


この割れの場所は、常に弦のテンションがかかる上に、 物理的に割れを支える構造が無い。少しでもクリープなどでズレが生じれば、ニカワの接着力も小さくなって割れが開いてしまうだろう。従って、やはり何らかの補強が必要になるのではなかろうか。

写真の様に金属のピンを使う以外にも、木のダボを使う方法や、ナットの下に埋め木をする等、補強にもいくつかの選択肢が有りそれぞれに長所短所がある。金属を使ったリペアには抵抗が有る人も居るかもしれない。しかし、補強の目的をクリープを防ぐ事と考えれば、金属のピンを埋めこむ方法にも合理性があるのではなかろうか。木質のピンでは、クリープに対する抵抗力は金属に比べればやはり少し劣るのではなかろうか。この補強では、開けた穴とピンの嵌め合いがシビアに求められるので、加工には精度が必要になる。ピンに対して少しでも穴が大きければ意味が無くなるからである。

一般的には、金属加工に比べれば木工の精度は低いが、それでも0.1mm程度は十分に追える精度である。ピンを圧入するときに、穴の側面が少しずつ押し広げられて隙間無く入り、穴の周囲も割れない程度に加工する。接着剤を入れなくてもまず抜ける心配はないだろう。

もしチューニングマシンがチロリアンタイプなら、プレートで隠れるような場所を選べるかもしれない。今回は独立タイプのマシンなのでピンが露出している。ピンの頭を少し沈めてニスを入れる事もできるだろうが、沈めない分ピンとチークの接触面積を最大にすることができる。

コストを考えに入れなければ、こう言った割れの修理で最良のものは、継ぎネックのようである。しかし、こうした補強による修理もコストパフォーマンスの点で、時によっては最良の選択と言えるのではなかろうか。

2008年11月28日

ペグボックスのチーク


個人的にコントラバス七不思議にカウントしている一つがペグボックスとネックの境である。

コントラバスやチェロでは、ネックの巾よりペグボックスの巾が大きくなっている。ペグボックス内を広くしたいためだと思うが、木の繊維が通っていないため、本質的に弱い場所である。ヴァイオリンでは、ペグボックスの巾はネックと同じなので、ネックからペグボックスまで(木取りが正確ならば)繊維が通っていて、これなら納得がいく。

しかし、筆者の納得がいこうがいくまいが、コントラバスはこのように作られて、しかも十分実用になっているのだから、世の中そういうものだ。とは言え弱い場所だから、トラブルが起こる事もある。

写真は、この部分に起こる典型的な割れで、ひどい場合にはここからスクロールごと取れてしまう。今回のケースは、割れも途中で止まっていて比較的軽傷であるが、弦を張った場合には少したわんだ感じになる。こうなると音もしっかりしなくなってしまうし、この状態が続けば割れも進行するだろう。

全てのテンションを取り除いてから割れた部分を洗浄し、ニカワを入れて接着する。さて一安心?だろうか。ペグボックスには弦のテンションが4本分全てかかっている。ニカワの接着力は強力だから耐えられるだろうか?

2008年11月27日

時間

目にもとまらぬ熟練職人の技・・・とはいかないので、筆者の場合には、クオリティ相応の時間が必要である。

ヴァイオリンの魂柱パッチなどでもフィットに半日や1日はかかると読んだ事がある。コントラバスの駒の足裏は片方で4.5cm×2.5cm程度、ヴァイオリンの魂柱パッチの大きさは、大雑把に言って5cm×3cm位と言うから、実感に近い感じがする。Jeff Bollbachも、例えば魂柱をフィットさせるにはそれなりの時間がかかると書いている。世の中には凄い人がいるから短時間でのフィットを否定する事は出来ないが、筆者の場合にはどうしてもある程度の時間が必要である。

作業の良し悪しも目に見えれば良い方で、接着面が密着しているかどうかは外からはわからないし、魂柱のフィットも鏡がなければ外からは見えにくい。しかし、修理のクオリティは音や耐久性にに影響があるだろう。手抜きしても結果が良ければ文句はないのだろうが、世の中なかなかそういう上手くは行かない。良いセットアップ同様、マズい修理もそれ単体では、音への影響は小さいかもしれない。しかし、やはり、それは積み重なる。結局弾き手の悩みが深まるだけでなく、後に修理する人間に尻拭いさせる事にもなる。結果として楽器の状態が良くなったとしたら、それは地味な時間の積み重ねの成果と言えるのではなかろうか。

2008年11月6日

足と脚


弦を張ると、駒の脚は多少アーチに沿って開く。足の裏を表板にフィットさせる時には、この辺を考えに入れる必要がある。どの位開くかは、駒の材質や表板のアーチにもよる。

写真は仕上がった駒で、アジャスターはMansonである。この楽器では、最初に弦を張った時、予想以上に脚が開いたような印象だったが、最初はその原因が分からなかった。一旦オーナーの元に戻った後、弦高の再調整の為に再度セットアップした時、脚の開きが小さくなり、当初の予想程度に収まるようになった。

この楽器に最初着いていた駒は素晴らしい駒だったが、大きさが少し小さく、今回はバスバーに対する位置関係を改善するために大きい駒に替える事にした。新しい駒は幅広になったため、表板に当る位置が変わり、滑りやすくなったのが最初に脚が開いた原因の様である。再セットアップの時には、表板のニス表面に足がグリップするようになり、脚の開きが小さくなったのではないかと思う。

特にリクエストが無い場合には、筆者の場合は、駒のトップはあまり薄くしない。これは弦の当る部分の厚みを一定程度残すという意味で、駒を厚く作るか薄く作るかとは又別の話である。もっとも、最初にお渡しする時には、演奏家の好みに合わせて調整する余地を残すようにするので、いずれにしても最初から極端に薄くは出来ない。

駒の厚みや形など、駒の作り方はそれこそ色々で、同じブランドの同じ型の駒を使ったとしても、作り方によって性格は大きく変わるだろう。機能の要求に加え、形のバランスだって格好良い方が良いはずだ。アジャスターの位置も考えに入れなくてはならないし、毎度の事ながら、楽器と駒を前にして悩む訳である。ソクラテスかプラトンか、ニーチェかサルトルか・・・コントラバスだけに大物とは言えるかもしれない。

2008年10月29日

裏板のセンターシーム2


裏板の接ぎが固定されたので、クロスバーと裏板の間の剥がれを補修した。

応急的な処置とは言え、余分なゴミや、ホコリが入らないように、まずは周辺の掃除からである。政治家も「まずは雑巾がけから・・・」等と言う。

f穴からのクリーニングでは、クロスバーの下を完全に綺麗にする事は難しく、100%の接着力が得られない事も有る。今回は、補強としてリネンパッチを使う。左側の黄色いテープはパッチではない。リネンパッチにももちろん長所短所がある。リネンは乾燥するにつれて縮むので、接着面を引きつける効果も多少はあるだろうと思う。次のオープンリペアまでもって欲しいと願うばかりだ。

2008年10月26日

裏板のセンターシーム


裏板の中央の接ぎ面が剥がれる事がある。

しかし、その場合でもノイズが出ないと、気づかれない事も有る。剥がれが徐々に進んだ場合は特にそうかもしれない。写真の楽器は、裏板のセンターにインレイが入っていて、その部分から剥がれが起こっていた。

センターのインレイは、裏板の縮んだ分を補うために入れられる。このケースでは、裏板自体に破損が無く、接ぎが剥がれている所とインレイに亀裂が入っている所が混在している状態だった。裏板に破損が無かったのは、とても良かった。インレイの材質は紫檀の様だが、将来の破損をインレイ内で起こさせるような配慮がされていた可能性はあるだろうか。だとしたら凄い事だが、インレイ内側のパッチのヘビーさから見ると、そうでもないようにも見える。

内部のクロスバーの中央部分との間にも剥がれがあり、裏板の接ぎも含めて本当に直そうと思えばオープンリペアになるのかもしれない。しかし、その他の部分のコンディションは悪くないようなので、応急的な外からの処置で様子を見る事にした。簡単に言えば、ニカワで着けるということになる。まずは、開いた部分を出来るだけクリーニングし、ニカワで固定する。写真では、締め付けて継ぎ目を合わせているように見えるが、実際は、継ぎ目に段差が出ない様にクサビを押さえているだけである。

2008年10月15日

サドルのベッド


コントラバスの場合、サドル周辺は楽器の下側に来るので、問題があっても目に付かないことがある。

サドルが浮いて、駒側に倒れてきているような場合は、表板を傷つける可能性がある。写真の楽器では、サドルに浮きは無かったので、サドル自体には問題無いものと考えていたが、リブとブロック間に剥がれがあり、サドルを一旦外す事にした。

この楽器では、サドルの下のリブが掘りこまれ、黒檀のスペーサ―が入っていた。以前サドルが、めり込む様なトラブルが有って補修されたのではなかろうか。このスペーサ―が有ったために、サドルの入る切り欠きは階段状になっている。しかし、この階段部分がデコボコで、サドルやスペーサ―が密着していない。ニカワが隙間を埋めているようではあまり良い状態とは言えない。古いニカワなどを掃除して、階段部分を整形し、スペーサ―を作りなおした。階段部分はエンドブロックなので手を加えたが、リブや表板は、現状があまり綺麗でなくても削らず、綺麗に洗うだけで、サドルやスーペーサーの方を削って合わせる。スペーサ―を削り合わせた後、ブロックのデコボコを埋めて、サドルをフィットした。

ところで、表板の断面に見える黒い部分は、以前のオープンリペアの時のピンの穴の跡のようにも見える。もしそうだとすると、以前のサドルはもっと小さかったのかもしれない。今のサドルのの大きさは通常の大きさに近いから、ピンの跡が本当だとすると、最初のサドルは、かなり小さかったことになる。例えばパフリングのあたりまでのサドルなら、見た目もすっきりしてとてもお洒落だっただろう。しかし、サドルが小さ過ぎれば、ブロックにかかる力が集中し、トラブルにつながる可能性もある。ひょっとすると、ガット弦の時代にはそれで十分に耐える構造だったのかもしれない。

2008年10月12日

駒の時間


楽器自体も大変なものだが、駒一つとっても、なんと贅沢なものだろうかと思う。

柾目に木取された駒は放射組織も美しく、年輪の一つ一つに積み重なった時間を思うと、しばし時を忘れる。右側の駒は、年輪の間隔が大きい方だが、この駒の中でさえ60本からの年輪がある。左の方は倍以上の密度がある。木材の芯に近い部分は使われないから、もとの木の樹齢は目に見える年輪の数よりもっと大きい。駒を加工する時、緊張を覚えるのも自然な事だ。200年生ともなれば木としても大変なものである。メープルではないが、以前、訪れたブナの森ではひっそりと水が流れ、畏敬の念が湧きあがってくるのを抑える事が出来なかった。

広葉樹でも環穴材は、年輪の間隔が狭いものほど密度は小さくなるが、メープルのような散穴材ではまた事情が違うようである。放射組織は、年輪と直交するので、駒の上下を繋ぐように走っている。木だった頃は、栄養分を運んでいた組織が、駒になってからは音を運ぶために利用されているという事だろうか。

2008年10月3日

セットアップは少しずつ?

以前にセットアップさせて頂いた楽器を、点検と言う事で時間を置いて拝見するとき、状態が少し悪くなっていると感じる事がある。もちろん良い状態を保っている楽器もある。

楽器の変化が少しずつだと、頻繁に楽器を弾いている本人は、かえって変化に気づきにくいという事は考えられないだろうか。自分自身について考えてみれば、確かに、自分の楽器はあまり状態が変わっていない様に思える。しかし、直したい所を何箇所も放置したままなので、多分そんな事はないはずだ。少しの変化は気づきにくいばかりか、演奏によって無意識にカバーされてしまうのかもしれない。

2008年9月22日

チューニングマシン


ペグが回しにくかったり、ノイズが出たりすると使いにくい楽器になってしまう。コントラバスの糸巻きには、ほぼ例外無く歯車が使われている。見た通りの仕組で、それ程複雑な機構ではないが、チューニングマシンに問題がある場合、原因が思ったより複雑なことがある。

写真はチロリアンタイプのもので、今回の問題は、チューニングマシンそのものにあった。プレートを介して、軸に歯車を取りつける構造だが、プレートとの間にクリアランスがなく、ネジを締めると歯車と軸でプレートを締めつけてしまう。理解しがたい構造なのだが、マシンの製作者にもコンセプトがあったはずで、それを理解する努力が求められているのかもしれない。

プレートを締めつけてしまうのは、締めつけるところまでネジが締まってしまうからで、長いネジを使い、ちょうど良いところでネジが止まるようにネジの長さを切って調整すれば解決する。このケースでは、マシンの設計者は、ネジの長さで調整して欲しいと考えていたが、取り付けた人に伝わらなかったとも考えられる。しかし、これは多分に好意的な見方であって、今回のチロリアンについては、プレートの厚みは一定なのだから、最初からクリアランスを設けてあるほうが合理的に思える。それとも、ひょっとして、何時の時点かでプレートだけを交換する修理がなされたのだろうか。

ネジの長さで締め加減を調節するようなやり方は良く用いられていて、これが無視されている為に動きの渋くなったチューニングマシンもあった。歯車の反対側に軸の抜けを防止する座金とネジがついているタイプで、このタイプでネジが短いと、締めればチークを挟みつけて動きが悪くなり、緩めればネジが緩んでノイズを出すような結果になりがちである。間に革が挟んであっても本質的な解決にはならない。

チューニングマシンの動きには、正確な穴あけも重要である。穴が正確でなければ、弦に軸が引っ張られたときにプレートや歯車に余計な力がかかる。チロリアンタイプの場合には、プレートで繋がっているから夫々の穴の精度も必要な上に、隣りの穴との位置関係にも精度が必要となる。

2008年9月12日

楽器と虫


古いハイサドルを外す時、どのように付けてあるかが分からないまま闇雲に進むわけにはいかない。ハイサドルの取り付け方には決まりがないからである。

このハイサドルは3本の木ネジで固定されていた。ネジを外し、できれば古いハイサドルを形を保った状態で外したかったが、このハイサドルはリブとエンドブロックを掘りこんで強力に接着してある。外からでは内部の形状が分からないし、サドル自体を保存する意味が薄いため、ハイ・サドルを壊して取り除く事にした。

周囲との接着面に注意しながら、少しずつ掘り進むと、内部が虫に食われていた。一番下の水平方向に走る隙間は、虫食いではなく隙間である。虫食いの補修はやっかいだが、幸いな事に食われていたのはサドルの中だけで、他が食われていなかった。こういう穴を作るのはキクイムシの類で、どういう訳か、同種の木でも好みがあり、一方は食われ他は無事と言う事がある。ナラやカシなどの硬い木が好みで表板はあまり被害に遭わないようだ。楽器に小さな穴が開いて、中から木の粉が出てきたら要注意である。彼らにとって、コントラバスは単なる食べ物だ。

2008年9月3日

ニスの補修


ニスは、楽器を保護するために必要なだけでなく、見た目の美しさにも影響が大きい。引っかきキズや、打ち痕など木地が見えると目に付きやすくなって、なんとなくボロい感じになってしまう。歴史的価値があったり、博物館クラスのもののような特別な楽器でなければ、ニスの補修も行う。

写真の楽器では、表面に蓄積した松脂等の汚れを取り除いてから、打ち跡を埋め、色を合わせて、最後に全体にごく薄くニスをかけた。擦りへって下の層のニスが見えているようなところは、その雰囲気を残した。全体にかけたニスは、新たに塗り重ねると言うよりは、どちらかと言えばクリーニングの意味合いの方が大きいかもしれない。

楽器のニスに限らず、塗装は仕上がりの差が如実に目に見える行程である。楽器を直射日光に当ててチェックする事はしないが、夜に仕上げたと思った場所が、朝見るとやり直しになってしまうことがある。白日の元に晒すとは良く言ったもので、お天道様の評価たるや、実に厳しい。

2008年8月21日

ハイ・サドル

古いハイ・サドルに問題があり、取り外して、掘りこまれたエンドブロックを埋め直し、新たにハイ・サドルを製作した。

今回は、周辺の補修個所が多く、サドルの両脇の表板も補修しなくてはならなかった。外観上の問題で、古いハイ・サドルの痕を新しいハイ・サドルでカバーする必要があったため、ワイヤ・スリーブはハイサドル上に位置している。

ハイ・サドル(high saddle, raised saddle)は、表板へのダウンスラストを減らす手段のひとつである。筆者のものは、Robertsonのものを参考にしているが、構造には、別のメソッドも取り入れている。

ダウンスラストを減らすには、ネックの角度を変えて駒の高さを減らす方法もある。ただし、ネックの角度を変えてダウンスラストを減らすと駒の高さが低くなる。駒の高さを適切に保つ事は、音の面からだけでなく演奏上の面からも必要である。駒が低くなりすぎれば、G線やE線が弾きにくくなってしまう。ハイ・サドルは駒の高さを変えずにダウンスラストを調整する手段と言えそうである。

通常のサドルは、表板の切り込みとエンドブロックの夫々の木口に接して、テールガットからの力を伝えている。ハイ・サドルであっても、可能な限りオリジナルのサドルと同じ様に力を伝えるのが良いのではないかと思う。当然といえば当然で、もともとそのように作られているのだから、そうでなければどこかに無理が生じるのではなかろうか。

とは言っても、サドルの高さを高くしている以上、ハイ・サドルには常に駒側へ倒れこもうとする力がかかる。もし、ハイ・サドルが駒側に倒れてしまうと、表板を傷つけてしまう。筆者の場合は、木ネジを併用して、この力に耐えている。当然木ネジも、テールガットからのテンションを受けているが、ハイサドルが倒れこまないための補助であって、テールガットからの力を受けるのが主目的ではない。写真のハイ・サドルは、古いハイサドルを取り除いて付けなおした関係上、ネジは2本用いている。

テールガットのテンションだけで、この力に耐えるコンセプトのハイサドルもあるが、この場合には、エンドピンのシャンクを抜こうとする力に耐える構造が必要になる。いずれの場合でも、結局は、弦のテンションは、可能な限りオリジナルのサドルと同様に伝えられる事が必要なのではなかろうか。

2008年8月11日

オリジナリティ


駒の最後の仕上げの段階で、製作者は自分の面取りを施す。

特にこうしなければならないという決まりがある訳ではないようで、「オリジナリティを発揮しろ」とか何とかそういう言われようである。駒の不要な部分を取り除く作業と違い、音の面では、面取りの前後で、はっきりそれと分かるような違いは筆者には分からなかった。

ただ、最後の仕上げだから、これが良くないと、他のクオリティまで低いような気がしてしまう。見かけだけなんて言うのは論外だが、どんなに良い仕事がしてあっても、仕上が良くないと価値も半減である。面はちょっとした事だけれども、非常にシビアにセンスが問われるところだと感じる。今回は、Robertsonの駒を鑑賞させてもらう事にしよう。

2008年8月7日

パテ?


リブのエンドブロックの合わせ目の所が浮いていた。

ちょっと見は分からないが、裏板との間も剥がれていた。浮いた個所を綺麗に掃除して、付け直せば良いのだが、どうもリブの合わせ目が変である。後から塗られたニスを少し削ってみると、その下は白いパテ?で埋められていた。パテ?は、市販されている家具製作などに使われる(筆者は使わないが)ものに似ていて、膠のように温水で綺麗にはならない。パテには水性のものもあるが、大抵は乾燥すると水には溶けないからである。

こうなると、少しずつ物理的に取り除くしかない。数秒で埋めたのだろうが、取り除くのは数時間である。しかも、この楽器は、リブの合わせ目が直線でなく、隙間が均一でない。これがオリジナルの状態とは考えにくいし、裏板とリブの接着の状態から推測すると、以前の修理で裏板を外した時に、リブの周長を短くするような操作が行われ、その時に不均一になったのかもしれない。この楽器はラウンドバックで、センターにインレイを入れるのが難しいから考えられる事だ・・・と想像は膨らむが、パテ?は、物理的に取り除くしかない。パテ?は隙間を埋めているだけでなく、周辺のリブの表面にもついていて、その上にニスが塗られたりもしている。均一でない隙間に合わせて何種類か真鍮板をカットして、少しずつ取り除いた。右の写真は一通り綺麗になった所である。

リブをニカワでつけた後、ニスのレタッチをしたが、残った隙間はそのままにした。状態から見て、次のオープンリペアの時に、エンドブロックは交換されるだろうから、その時に間をつめる方が得策なのではなかろうか。

2008年8月1日

駒を選ぶ


駒を新しく作る時には、楽器にあったサイズのものを選ぶ必要がある。

とは言うものの、コントラバスの大きさはさまざまなので、駒も色々なサイズが必要になる。困った事に、自由自在に入手できない事もある。足の巾、駒のタイプ、アーチの高さ、グレードなどと条件をつけていくと、ストックが無かったりする訳である。無いと言ってくれればまだ良い方で、こちらの注文を、グレードの低いものや違う型番のものに、”ストックが無いので近いものを送りました”と言って、勝手に変えて送られて来た事もあった。

本来なら、サイズの合わない駒を使うのは宜しくないと思うけれども、現実には、サイズの合わない駒が載っている楽器も散見する。単なる不注意のもあるかもしれないが、駒自体が良いものだったりすると、サイズのものが手に入らなくて、やむを得ず使ったのかもしれないと思う事もある。良い楽器なら駒のクオリティの違いは如実に出るから、良い駒を使いたいという欲求も決して小さくない。気持ちは分かるような気がする。

中にはサイズは合っていないと思っても音の面からは遜色無い感じの楽器もあったりする。しかし、弦間の音量のバランスなどの調整が必要になって、結局はどこかでつじつまを合わせなくてはならないので、サイズが合っている駒の方がヘルシーと言えば言えそうである。

もっとも、サイズの合う合わないも、どこまで許容範囲とするかで話は全く変わってしまう。バスバーが駒のlegでなくfootの中に入っていれば良いとする考え方もひょっとしたら有るのかもしれない。まあそうなると、殆どの場合は合っている事になってしまう。

2008年7月21日

革の足


ご存知の通り、コントラバスは、演奏されない時、椅子に立てかけたり横に寝かせたりするので、床に当る部分が痛みやすい。表板の方が柔らかく、大抵は、G線側を下にすることが多いので、G線側の表板の方が痛みやすいようである。

元々無かったものを付ける事には賛否もあると思うが、写真の楽器は、表板が減ってしまって、楽器を置いた時にリブが当るようになっていたので、革で足を作った。リブの厚みは、場合によっては2mm位しかないから、ここが減ってしまっては大変である。念のために言うと、「足」が正しい用語かどうかは分からない。

足には、黒檀等の材料で作ったものもある。リブのRにフィットして取りつける。以前小さな黒檀のものを製作したが、付ける段になって取りやめた事が有る。楽器の重さが足の部分にだけに集中するため、その楽器ではリブの負荷が大きいように感じたからである。もちろん、木質の足が全て悪い訳ではなく、筆者の作ったものは少し小さ過ぎたのである。

黒檀で作られた足でも、大きさや取りつける位置などが適切に考えられているものもあると思う。黒檀には高級感が有るし、楽器の雰囲気を損なわない事も重要な要素である。今回の足は、楽器のの色に合うようにニスの色を調整した。革は耐久性の面では劣るかもしれないが、弾力が有るので、負荷が分散されるという長所がある。

2008年7月16日

リブ・コーナー


Cバウツのコーナーの継ぎ目も剥がれる事がある。

そもそもで言えば、この部分が開いた時、完全に修理するには表板を開けて行うのが良いとされているようである。外側からの操作だけでは、側板とブロックの密着を完全には保証できないからである。

しかし、全体の状態から見て表板を開けるほどの理由が無ければ、根本的な修理は将来に先送りする事にして、外側から最善を尽くした方が良い時もあるのではなかろうか。開いた部分を外側からクリーニングし圧締する。実際は、膠で接着する事よりは、事前のクリーニングが仕事のようなものである。古い膠やニス、ホコリ等が入りこんでいたり、開いたなりに膠を流し込んであったりするからである。これらを綺麗に取り除かなければ、接着に強度は期待できない。

写真右は、剥がれた部分をクリーニングして接着した後、ニスの補修が途中まで進んだ状態である。周辺のリブの表面も、全体に松脂や汚れを落としてある。裏板の角の部分の内側の色が剥がれているのは、以前修理された時のニスが、はみ出した膠の上に塗ってあったからで、はみ出した膠を掃除する過程で落ちてしまったのである。この部分にはニスを足すことになる。

2008年7月12日

ネックのピッチ(エクステンションと5弦)

電波塔の例え話では、ネックの振動を妨げない方が楽器の鳴りには良いのではないかという話を紹介した。

しかし、かと言って、ネックがグラグラでは良い結果は得られるはずがなく、ボディとはしっかりと接合されていなければならないようである。本体には固定されているが振動は妨げない方が良いと言う事になると、電波塔の例え話では説明は難しいのかも知れない。

このことに限らず、筆者の場合には、理論の証明よりは、テストして良い結果が得られる事が重要である。電波塔の例は、ナット上の弦間隔の話に関連して出てきたが、現実には、ナットを新しくすれば、弦間隔以外にも材質やフィットなども変化するから、弦間隔の寄与だけを取り出す事はできない。弦間隔に注意して新しいナットを作ったとしても、入れ替えて弾いて見て、その結果で使うかどうかを判断すると言う事である。何を良いと思うかについては主観が入ると思うが、それはある程度は仕方ないし、最終的には楽器の持ち主に判断してもらうしかないと思う。

他にも、モード・チューニングのような事も、結局、良い結果を探すための指針なのではなかろうか。楽器はそれぞれだから、理屈通りにピッチをセットしても、本当にベストの位置なのかは疑問が残る。ある程度範囲をとって、調べることも必要なのではないだろうか。

こういうやり方では、手間や時間は余計にかかる。技量が高く経験が豊富な技術者であれば、より短い時間でより高いクオリティに到達出来るのかも知れない。残念ながら筆者の場合は、ゆめゆめ時間を惜しんではならないということのようである。

2008年7月7日

魂柱と材料


魂柱調整が楽器の鳴りに影響することは良く認識されていると思う。調整だけでなく魂柱自体のクオリティもまた、楽器の音に大きく影響すると思う。

魂柱のストックが無くなったので、当然の様に以前注文したところから取り寄せた。すると以前のものとは似ても似つかぬ物が送られてきた。魂柱の形自体に違いがあるわけではなく、使われている材料の問題である。以前の物がとても良くて気に入っていたので、魂柱の入手に不安を感じていなかったのだが、販売者自体は材質に対する自覚が無いようで、以前のロットは偶然に良かっただけのようである。いずれにしても届いたものは使う気にならないので、2,3別の所からも取り寄せてみたが、結果は芳しくなかった。同じ様にセットアップしても、材料のクオリティ次第で結果が大きく違うのに、納得できる訳が無い。これらの魂柱は、何種類かの長さに切って、長さのテスト用に使うとしよう。

話を元に戻すと、問題は年輪の密度(用語が正しくないかもしれない)や繊維の通り具合である。さらに樹種による強度の違いもある。後は、これは筆者の勝手な感覚だけれども、木口を削った時にしっとりと削れる感じのものが好きである。しっとりと言っても、含水率が高いわけではない。まあ「しっとり」は筆者の勝手な感じなので、あまりあてにはならないかもしれない。含水率も重要である。個人的には、気乾含水率の低い地方で天然乾燥されたものを、シーズニングして使うのが安定度が高まるので良いような気がする。室内で乾燥させたものであれば気乾含水率はあまり関係無いかもしれないが。ともかく、魂柱のようにシンプルなものは素材が良くなければどうしようもない。結局、当たり前の話かもしれないが、スプルースの中でも音速が早く、強度の高い材料を買って、自分で作ることにした。もっともらしい話のようだが、簡単に言えば、ヴァイオリンの表板用の材料を買うというだけの事である。完璧とは行かないかもしれないが、ヴァイオリンの表板ならば、ある程度年輪の密度などを指定したり、樹種を選ぶ事が出来るし、繊維方向のズレなども最小限に抑えられるからである。

特に割ってもらう必要は無いのだが、用途を説明しておいたので、割材の形で送ってくれた。うがった見方をすれば、先方としてもこの方が表板にならない端材がはけて嬉しいのではなかろうか。割ってあると繊維方向が分かりやすいし、それぞれバラバラで共木では無いようだから、こちらとしても選択の巾が増えて有難いというものだ。セットアップするのが楽しみである。

2008年6月21日

エクステンションと5弦

コントラCは良い。
問題は、5弦かエクステンションかだ。

言い古されたこの問題に、明確な答えは無いようである。先日エクステンションつきの楽器の隣で弾く機会があり、オルガンを連想させる音に改めて感心した。その楽器が良い楽器だからかもしれないが、支えとエッジの両方がある感じである。楽器の個体差がある事は大前提での話だが、どちらかと言えば5弦の方が音はダークで、柔らかい感じになる傾向があるように思う事が有る。

当然音の良い5弦も存在すると思うし、5弦の方がエクステンションより早いパッセージが弾きやすく、仮に音がダークで柔らかいとしても、その方が適したシチュエーションもあるから、冒頭の問い(?)は、結局選択の問題となる訳である。

筆者の興味の対象は、5弦の方が音はダークで柔らかい傾向にあるとすれば、何故かということである。実際にはそのような「傾向」など無いのかもしれないが、5弦に関して一つ言われているのは、テレビの電波塔である。四方からワイヤーで支えられた細長い電波の中継塔を楽器のネックに例えている訳である。塔を支えるワイヤの数が少なくなれば、あるいはワイヤが片方に寄せられれば、塔は揺れやすくなる。コントラバスのネックも弦の数が増えれば、あるいは弦どうしの間隔が広がれば、ネックはより強固に固定されて振動しにくくなる。その結果、音が抑えられてダークになるという理屈である。

例によって、これが本当の事かどうかは筆者には分からない。現実には、エクステンションと5弦の違いは、楽器の個体差の方が大きいかもしれない。また、楽器本体の問題だけでなく、ゲージが細くて長い弦と、ゲージが太くて短い弦の違いも音に影響を与えているのかもしれない。

2008年6月15日

フィットすることの感覚的な意味


何故フィットさせなくてはならないのだろうか。使命だからなのか?

駒の足にしても、魂柱にしても、エンドピンシャンクにしても、フィットされて密着していなくてはならないとされている。しかし、別に無理してそこまで密着していなくても、ほどほどで良いのではという疑問もごく自然なことだ。

駒の足の裏は、セットアップされてしまうと見えないけれども、そのフィットのクオリティは様々だ。写真右側程度にやってあれば、良心的な方かもしれない。左は、さらにフィットを進めた状態である。疑問は、果たして、これをやる事に意味があるのだろうかというところにある。右側の程度にやってあれば、駒を立てた時に、隙間が見えるという事は無いから、外見からは左右の違いは分からない。しかし、作業を行っている時、互いに合わせてみた時の手応えには、差があるように思われる。以下はあくまでも筆者の主観的で感覚的な話である。

楽器のネックの接合にも用いられている木工の仕口に、蟻(dovetail)がある。詳しい事は省くが、断面が三角形の溝に、同型のホゾを差しこんで、主に摩擦力によって互いを緊結する仕口だ。溝の両壁を平行に作るとホゾを差しこめないので、通常は勾配をつけて、奥に行く程溝は狭く作られる。差しこんで行くにつれ、しっかりと接合される訳である。無垢材で作られたテーブルなら、反りを止めるために同じような形で桟が入っている事がある。

この仕口のポイントは、ホゾと溝の壁が密着する事にある。つまり両者がフィットしている必要がある。フィットの精度が低い場合は、奥までホゾを差しこんで、ホゾと溝がぶつかった時、手応えは柔らかい。フィットの精度が高くなるにつれ、差しこんだ時の手応えは硬くなり、突然硬いものに当って止まったかの様に変化する。これは、精度が高いと、互いに接触した瞬間に、フィットすべき全ての面が一度に当るために、その手応えは硬くなるためだと思う。この感覚は、差しこんだものを揺すっても分かりにくく、差し込んだ瞬間の感覚である。この時の加工精度に対する手の感覚からすると、写真の右左の差は十分に感じられる位の大きさに思える。

フィットの精度が高ければ、その手応えは、仕口部分に吸収されずに伝わってくる。この話と、駒のフィットを全く同じ物として取り扱う事はできないと思うが、感覚的には、駒の足の裏のフィットの精度が高ければ、弦の振動は、駒の足裏部分で吸収される事無く効率的に伝わるように思えるのである。楽器は、意外なほど多くのパーツから出来ていて、それらの間には必ず接合されている部分がある。その全ての部分でフィットが必要である。この時フィットの精度が低ければ、その部分では、振動を伝える効率が低下してしまうのではなかろうか。そして、個々の効率の低下が僅かでも、それらが積み重なれば最終的には、大きな差にならないだろうか。

コントラバスでは、ヴァイオリンより圧倒的に大きな板を動かさなくてはならない。しかし、コントラバスもヴァイオリンも、動力は1馬力ならぬ1人力で同じである。このため、ヴァイオリンよりもさらに効率が求められる楽器なのではなかろうか。例えわずかずつでも、効率を低下させる要因を取り除く事が有効なのではなかろうか。

2008年6月3日

N氏の楽器14---終わりに


N氏の楽器は、比較的最近製作されたイタリアンである。

楽器の内側には、ラベルだけでなく製作者のサインが2箇所にあり、いかにも楽しげである。サインの横に着いたニスも、故意か偶然か、あたかもデザインの一部のようである。これは筆者の想像でしかないが、この楽器の製作者は、楽しみながら、鼻歌でも歌いながら作ったのではなかろうか。

N氏の楽器は、ピチカートにとても良い反応をするし、弓で弾けばパワフルである。筆者のセットアップの一つ一つにもその度に敏感に答えが返ってきた。N氏のもとに戻って、また多くのお客さんの耳を楽しませる事になるのだろう。

2008年6月1日

N氏の楽器13---ノイズ


一通りセットアップが終了し、一息ついた。
輸送の手配も終わり、後はハードケースに納めるだけだ・・・と思ったところが、小さなノイズが出ていることに気づいた。楽器が鳴るようになったからか、チューニングマシンのノイズが止まったからか、以前には気づかなかったノイズだ。気にしなければ無視できるような範囲の気もするが、聞こえてしまった。聞かなかったことにすると言うのも一つの策ではあるが、誠実な態度とは言えないだろう。

ノイズは、ともかくその原因を見つけるのが一仕事である。筆者の能力の問題もある。今回も例によって泣かされた。アッパーバウツのような、リブのような、裏板のような、表板のような・・・声はすれども姿は見えずである。手に豆を作りながら弦を弾き、ようやくネックの付け根付近からではないかとの結論に達した。

一旦、ネックの付け根のトリムを外し、場所をつきとめた。側板の一部が浮いていて、そこが鳴っていた。neck buttもすこし開いているようなので、膠を入れトリムを着けなおした。このトリムピースは、エボニーではなく紫檀の様であった。ニスの修正もし、これで万全と思いきや、事態はそう甘くなかった。実は原因は1箇所では無かったのである。写真右にクランプの一部が映っているように、この後、ネックの反対側の表板の上端部分の接着を行い、ようやくノイズは治まった。

2008年5月29日

N氏の楽器12---魂柱(つづき)


斜めに立っていたからか、長さに余裕があったため、元の魂柱を削ってフィットした。写真は、鏡に映した表板の裏側である。

元の状態があまり参考にならない場合には、最初に魂柱を立てる位置は、標準的な位置に近い場所が良いのではなかろうか。もっとも何を標準とするかは問題で、色々考え方が有るかもしれない。それに、魂柱は削って調整するから、実際は、想定する位置よりも、楽器のセンターに近い所から始めた方が良いのかもしれない。いずれにしても、奏者の方の好みも有る訳だから、今後さらに調整を詰めて行く上での出発点として、いずれの方向にも調整する余地を残しておいた方が良いのではなかろうか。

フィットしてセットアップして試奏することを繰り返し、これでお渡ししても良いかという感じになってきた。が、何か、もう一息プラスαが欲しい所である。上2本の弦の鳴りは良くなって来ているものの、下2本からすると、今一つ浅い音が有るようにも思える。元の魂柱は、材料としてそれ程悪いという訳では無い。しばらく弾いているうちに、やはり魂柱を変えた方が良いような気がしてきた。もし効果が無くても、元の魂柱に戻せば良いだけである。新しいものに変えてみると、これが正解で、音階の中で引っ込んでいた音が出てきてバランスが良くなった。全体の調整の方向性とも一致したのではないかと思う。いつもこう上手く行くとは限らないと思うが、やってみただけの事はあったわけである。

2008年5月26日

N氏の楽器11---魂柱

魂柱は、表板の内側と裏板の内側(又はクロスバー)に正確にフィットされていなければならない。

今回のケースでは、当初魂柱はフィットしない状態で立てられており、表板の内側には、いくつかの魂柱の跡が残っていた。写真では少し強調されて見えるが、幸いどの跡も致命的なものではなく、さらに、何故か筆者が魂柱を立てようと予定している付近は綺麗であった。

以下は、あまり正確な推論ではないかもしれないが、少し想像をたくましくしてみる。魂柱を斜めに立て、魂柱のエッジだけが表板に当っているとすると、単位面積当たりの表板にかかるせん断力は、表板をへこませるのに十分な大きさになる。表板がへこんで魂柱の断面となじむと、接触面積が増えるから、単位面積あたりのせん断力は減り、(割れたりしなければ)表板の強度とつりあうところでへこみは止まる。今回のケースで、魂柱のつけた傷の大きさをみると、ざっとみたところ魂柱断面積の1/3~1/2以上にはなっていないようである。大胆に推測すれば、今回のケースでは、魂柱断面積の少なくとも1/2以上がフィットしている状態ならば、少なくとも、表板に跡を残すような事は避けられると考えられないだろうか。安全率を見れば、もう少しフィットしている面積を大きくする必要があるかもしれない。

もちろん、表板に跡を残すかどうかは、表板の材質や表板にかかるダウンスラストの大きさにもよるから、魂柱の径だけからは、一概には言えない。特に、今回の表板には目のつんだ材料が使われており、強度が高い場合の例かもしれない。一般的には、ケースバイケースではあると思うが、ごく大雑把に言って、魂柱の直径が16mm未満になると表板を傷つける危険性が高くなるようである。直径19mmの魂柱に対し、16mmの魂柱の断面積は約30%減、すなわち約2/3である。少し結論ありきの匂いはするが、先の結果と感覚的には近いのではなかろうか。

ところで、作業のクオリティを追求しても、現実には100%のフィットは難しい。魂柱断面の2/3以上がフィットしている状態は、実は外観からは完全にフィットしている状態に近いのかもしれない。どうやら、話が振り出しに戻ってしまったようである。

2008年5月19日

N氏の楽器10---チューニングマシン(つづきのつづき)


マイナスネジが好きだ。

と言うと、妻は「でたよ」という顔をする。余談だが、日本でのプラスマイナスという言い方は分かりやすくて良いのではなかろうか。phillipsやslottedと言うより、よっぽどスマートな気がする。

プラスネジの方が作業性も良いし、締め付けのトルクも高くできる。何と言っても、プラスはドライバーが安定するので、圧倒的にリスクが少ない。マイナスネジの溝をドライバーの先が滑り、周囲を傷つけた経験のある方も多いのではなかろうか。特に電動工具を使用する場合には顕著である。さらに、マイナスネジの場合には、ぴったり合うドライバーを見つけるのが難しい気がする。プラスの場合には、規格がはっきりしていて、2、3種類揃えれば大抵間に合う。しかし、マイナスの場合には、ネジ側の溝のばらつきが大きいような気がする。もっとも、手持ちに合うものが無ければ、ドライバーの方をグラインダーで削って調整するのも簡単ではある。

今日、マイナスネジは駆逐された感があり、特殊な用途でしか見かける事が無い。入手もなかなか難しく、その辺で買ってくるという訳にはいかない。機能的にはプラスが圧倒的に優れていると言う事であろう。しかし、マイナスネジの、クラシカルですっきりした外観には捨てがたい魅力がある。コントラバスのチューニングマシンにも色々あるけれども、スタンダードな外観を持つものであれば、マイナスネジがよく似合う気がする。プラスネジの無かった時代の楽器であれば、マイナスを使う意味も増してくるのではなかろうか。

N氏の楽器では、元のネジは木質部分への掛かりが少なかったので、少し長めのネジに交換する事にした。折角交換するならと、マイナスネジを使用し、仕上がりをチェックしていると、後ろから視線を感じた。「でたよ」である。

2008年5月17日

N氏の楽器9---チューニングマシン(つづき)


チューニングマシンを固定するのは木ネジである。ヴァイオリン属の中では唯一ギアと木ネジを使う。

今回、かなりの割合のネジが緩んでいたため、締めなおす事が必要があったが、ネジ穴が広がっており、締めなおすだけでは不充分に思われた。チューニングマシンを外してみると、ネジ穴は確かに広がってはいるものの、もともとの下穴の径が大きすぎるようである。下穴の深さも深く、場所によってはcheekを貫通している所もあった。下穴径が適性なら、多少深くても問題は起こらないかもしれないが、深くしてもあまり意味が無いのではないだろうか。

穴の中を綺麗にして、ネックと同じ材料で埋め木を作成した。埋め木は穴に対してほんの少しだけ勘合度を持たせている。

2008年5月16日

N氏の楽器8---チューニングマシン


チューニングマシンからノイズが出るということで、チューニングマシンを調べた。外観からは分からなかったが、ギア部分の内側に入れられていたスチールのワッシャが原因であった。

このタイプのチューニングマシンでは、ギア部分の反対側から座金を介して軸をネジで引っ張るようになっている。しかし、このケースでは省略されていた。恐らく、ペグ穴の位置の都合上、向かい側にあるギアと干渉し、座金が入らない個所があるために省略されたのではないだろうか。干渉を無くすには、ペグ穴を開けなおすしかないからである。ともかく、ギア部分が引っ張られて、ペグボックスのcheekに押しつけられていなければ、ワッシャがフリーになり、振動でノイズを出してしまう。これを防ぐため、当初ワッシャは溝の中に接着されていたようである。時間の経過で接着が切れ、ノイズが発生したという訳である。

軸を引っ張る座金がつけられない以上、ワッシャを接着しなおすか、ノイズの出ない材質のもので作るか、何らかの対策をしなくてはならない。色々検討した結果、今回は、単にワッシャを取り除いて組みなおした。将来ペグ穴を開けなおす事もあるかもしれない。ワッシャは別にお返しし、保存していただく事にした。

2008年5月12日

N氏の楽器7---駒(つづきのつづきのつづき)


駒は、楽器の本体に付属してこそ機能を発揮するものだけれども、駒自体にも一つの世界があると感じる時が有る。

駒をセットアップする時、表板へのフィットやアジャスターの取りつけは、機能の要求に従って、ある程度形や寸法が決まってくるとはいえ、それでも選択肢は少なくない。足の長さの配分に、足の大きさや厚み、アジャスターを入れる高さ、軸の位置や角度、等と考える事は多い。

さらに、それらの作業が終わり、仕上げの段階になると、作業者の裁量の範囲はさらに増えるように思える。音の面での要求による成形もあるが、足の形や表面の仕上げ、また面の形をどうするか、塗装はするのか等、細部にこだわればキリが無い程の自由度がある。楽器の一部として見えるものであるし、見た目のバランスや美しさも重要なのではなかろうか。各部分の精度が見た目のクオリティとしても現れるよう努力するしかない。

2008年5月9日

N氏の楽器6---駒(つづきのつづき)


アジャスターの再インストールが終了し、左右のアジャスターの軸が揃った。

筆者は初めて取り扱ったが、ご覧のとおり、このアジャスターは、ピックアップになっている。ピックアップとして機能しているのは、E線側のアジャスター、つまりバスバーの側だけである。

Fishmanのマニュアルを見たところでは、ピエゾの働く面はアジャスターの上面だけで、ここの密着度が重要だと書いてある。もっともピックアップの機能が無くても、アジャスターの上面と駒の脚が密着していなくてはならないのは同じである。一方、アジャスターの下側の面(ネジの切ってある側)は、駒足から離れていなくてはならない。つまり、アジャスターの回転が止まるまで下げてはいけないということだ。目一杯下げたからと言って、どこかが壊れる訳ではないが、音に悪い影響があるということである。従って、ここにクリアランスができる様に、あらかじめ配置を考えておく必要がある。

Fishmanのマニュアルには、もう一つ記述があり、左右のアジャスターの軸は互いに平行でなくてはならないが、この軸が駒の厚みを2等分する線の方向にインストールする事を推奨していた。これはアジャスターの機能ではなくて、ピックアップとしてより有効に機能させるための項目として書かれていた。

ピックアップの無いアジャスターの場合、筆者の考えでは、アジャスターの軸方向は、着ける駒のセットアップやアジャスターに対する考え方に依存するのではないかと思う。駒のテールピース側の面が、表板に直角になるようにセットアップされている駒も有れば、少し角度を着けている駒もあるからである。

2008年5月7日

N氏の楽器5---駒(つづき)


新品の駒なら、最後に足を切り離すことでアジャスターの軸の精度を保つ事ができるが、元の駒にアジャスターをつけ直すには多少手間がかかる。

既にアジャスターがついている場合には、足は切り離された状態である。その状態で、夫々の位置関係の精度を出さなくてはならない。駒の上部と足の関係を維持する事も重要だが、左右の足の軸を一致させる事の方がさらに重要かも知れない。こちらは後で修正がきかないからである。さらに、今回は足裏の表板へのフィットもやり直し、駒と指板の位置関係も修正するうえ、同時に駒足の間隔を狭めて、バスバーとの関係も改善することもプランに含まれている。

写真では、既にアジャスターの元の穴は埋めてあり、足には、材料を足して足長になるようにしてある。もともとの駒の形のバランスは悪くなかったが、さらに少しだけ足長にする方向でプランを作成した。足を長くしすぎれば、弦と駒中央のハートが近くなりすぎて強度が不足するから、長くしすぎも当然良くないと思う。従って、駒を立てた時の弦高も、この段階で決定していなくてはならない。足裏にも材料を足して、フィットする時の削り代をかせいでいる。

この駒に関しては、駒の上部に反りがあり、それも修正しなくてはならなかった。駒に限らないかもしれないが、既存のものを生かそうとすると、新品を加工するよりも手間がかかってしまうというのは、よくある事だ。

2008年5月6日

N氏の楽器4---駒


駒の状態を調べ、セットアップの修正を進めた。

弦高を調整するためのアジャスターでは、左右のアジャスターの軸が平行であることが必要であると、このブログでも触れてきた。軸が平行でなければ、アジャスターを伸ばしたときと、縮めた時で、アジャスターのディスク上のピンの間隔が変わってしまうからである。

写真は修正前の状態で、この状態では、アジャスターを伸ばした時、駒の上部の穴の間隔を狭めようとする力が働いてしまう。この時、駒の足には、夫々の間隔を広げようとする力が働く事になるが、実際に足の間隔が開かなくとも、常に駒の内部に応力が残っている状態になる。これは筆者の想像だが、この力によって、駒足の裏のテンションの分布が、足裏のフィットが悪くなった状態に近くなるのではなかろうか。

こうした事が音に与える影響は、無視できる程度と思えるかもしれないが、実際に修正してみると、小さくとも明らかな違いが有る。ナットのところでも述べたように、このような違いも積み重なれば、結局は大きな違いになって楽器の音量や反応に現れるのではなかろうか。

2008年5月4日

N氏の楽器3---サドル


話が前後するが、N氏の楽器では、サドルが浮いて駒の方に倒れかかっていた。

写真右は、サドルを取り除いた状態である。サドルの接着は既に切れており、接着面には、サドルの一部が欠けて残っていた。サドルの両脇にクリアランスが無く、ぴっちり入っていた事に気をつければ、道具を使うまでも無く外れる状態であった。幸運な事にサドルクラックは入っていなかった。

この楽器の場合には、サドルの大きさの割に高さが高いことが原因で倒れてきたのではないかと思う。サドルが駒側に倒れてくるのは、ハイサドルでは良く聞くことで、テールガットから受ける力の方向に偏りがある状態では、然るべき補強がなければ、サドルが倒れる可能性が高くなるのではないだろうか。ハイサドルの場合には、サドルをエンドピン方向に延長するなどしてバランスをとるが、通常のサドルの場合には、音や表板へのテンション等の条件に問題が無ければ、サドルの高さのバランスをとるのがよいのではないだろうか。

表板の変形が少なかったため、表板には手を加えず、サドルの方を接触面の形に削ってフィットすることにした。サドルの高さを低くする過程で、サドルの欠けた部分も修正でき、最後に両脇にクリアランスをとった。サドルの形は、極力もとの雰囲気を保存するように努めたが、テールガットが通る面に関しては、若干の修正を加えた。

2008年4月28日

N氏の楽器2---ナット


N氏の楽器のナットには改善の余地があったので、新しいナットを製作することになった。ナットを新しく作れば、万一気に入らない場合でも、容易に元に戻す事が出来る。

問題の一つは、ナット上での弦の間隔が少し広すぎるのではないかと言う事である。もう一つの問題は、弦の間隔が均等でない事だ。ナット上の弦間隔を均等に、かつ適正な間隔にすることで、単に弾き易さの改善が図れるばかりでなく、音の面に良い影響がある。ナットが音に与える影響については、以前にも書いたような気がするが、これはもう少し認識されても良いのではなかろうか。

この事の背景にあるのは、「演奏中楽器の全ての部分は振動するのであるから、全ての部分が振動に対して抵抗しないようセットアップした方が良い」という事のようである。もう少し言えば、弦間隔が広すぎると、ネックの振動を阻害するということのようである。

写真は、右側が新しいナットである。写真の縮尺が違うけれど、指板の巾は変わっていないので、基準になると思う。注意深い方は気づかれたかもしれないが、弦間隔を均等・適正に保って、全体をほんの少しだけG線寄りにしてある。これは必ずしも行う必要は無いが、目的は単純に弾きやすさのためである。

劇的とは言えないが、新しいナットは、古いナットと弾き比べてはっきりと分かる位、楽器の鳴りを改善した。「劇的に」と言うほどではない改善は、嬉しい手応えである。それは積み重なるからだ。

2008年4月23日

N氏の楽器1---指板


ジャズベーシストのN氏に楽器をセットアップする機会を頂いた。

N氏にご快諾頂いたので、一連の内容について少し紹介させて頂けることになった。今回は、指板とナットの調整が主な依頼内容であったが、その他にも行った方が良いと思われる項目がいくつかあり、相談させていただいたうえで作業を行った。

ところで、筆者の工房の窓には、直射日光を避けるためのブラインドがかけてある。意図したわけではなかったが、規則正しい模様が指板への映り込むと、指板削りのクオリティを確かめる事ができる。

写真は、一通り作業を終えた指板をナット側から見たところである。ナットは外してある。ブラインドの映り込みの線が滑らかな曲線を描いていれば、指板の曲率が不規則になっている部分が無いと言う事になる。ただし、指板は映り込みを完璧にするために使うわけではないから、実際には許容範囲がある。

以前にも書いたように、指板を削る場合には2種類の定規を使って進め、弦高の推移が滑らかになるよう、また、弦が雑音を出さないように削って行く。楽器を弾く場合、押さえた弦の上側(ナット側)が、指板に当らないようにしなくてはならないし、反りの量を適正にしなくてはならない。

写真を厳しい目で見れば、G線側の最高音近辺は多少歪みが残っているので、個人的には、ここを完璧にしたい気持ちになってしまうが、指板を長持ちさせる事も考える必要があると思う。もちろん当然の事ながら、演奏が快適に出来ると言う事は、言うまでも無く大前提である。写真の指板は、実際の使用上は全く問題が無い。黒檀は高価な材料であるし、調整すれば薄くなってしまうから、補修を最小限に抑えれば、長く使える。将来、指板が薄くなってきた時、最後のひと削り分が増えるという訳である。

また、実を言えば、E線上の最高音付近には殆ど曲率が無い(E線全体としてはキャンバーはある)。これは映り込みからは分からないが、元々この部分が低かったため、ここにキャンバーをつけると、全体の切削量が増える。指板の先端でE線を弾く頻度から考えて、今回は削る量を少なくし、指板を長く使う事を優先したわけである。

2008年4月16日

新世代(?)ウルフキラー


従来の(ゴムパーツの介在する)ウルフキラーには、ウルフ以外の音に対する副作用があるのが、悩みの種である。遅まきながら、先日ゴムの無いタイプのウルフキラーをテストする機会に恵まれた。

写真は17gのもので、弦を少し緩めてから、溝に弦を押しこむように入れ、弦のテンションだけで取りつける構造になっている。取りつけた後は、弦を緩めなくても位置の調整は可能だった。既存のウルフキラーと違い、本体以外の部品が無いため、壊れる事も、余計な音を立てることも少なく、シンプルで優れたデザインではなかろうか。

筆者の試した条件では、ウルフに対する効果は既存のウルフキラーと遜色がなく、ウルフ以外の音に対する副作用は、ゴムのあるタイプに比べてとても少なくなっていると感じた。殆ど気にならない位と言っても良いように思う。もちろん、ウルフを抑える訳だから、ウルフトーンのでる音程の音色は変化する。願わくばもう少し安くなってくれると大変有り難いと思う。
製造は見附精機工業ではないかと思うが、山本弦楽器から購入する事ができる。

一方、今回実際に使ってはいないが使用を検討したのは、MbergのLup. Xで、これも同じコンセプトのウルフキラーのようである。こちらは丸い形で、本体がおねじ側とめねじ側の二つに分かれ、間に挟んだ弦を締め付けて取り付けるようだ。同じく真鍮製で、ゴム部分が無いので、dumping effectが無いという。この理屈で行けば、音に対する効果としては先述の物と同様ではないかと思うので、意匠の問題という事になるかもしれない。重さは、20gと30gで、 線径が1.3 to 2.8 mmの弦につく。

小売は、株式会社白川総業Southwest StringsThe Sound Post に取扱があるようだ。

2008年4月10日

駒の大きさ

コントラバスの駒を選ぶ時、サイズはとても大切である。

特に重要なのは、脚の間隔で、駒を楽器のセンターに置いた状態で、E線側の脚がバスバーに相対している大きさがその楽器の標準的な駒の大きさと考える事が出来る。

この事は特に無視されやすい様で、バスバーの位置を無視した大きい駒が選ばれている楽器を見ると、どのようなメリットがあるのか理解に苦しむ。単に5弦だからという理由で大きな駒を選択するのは良くないのではなかろうか。

もちろん、中には例外もあって、試行錯誤の末、ベストのサイズとして選ばれている場合もあるのかもしれない。色々な楽器がある訳だから、頭から例外を排除することは慎まなくてはならないと思う。しかし、その様な試行錯誤を経て得られたセットアップであれば、楽器の持つ能力が十分に発揮されているはずである。

もしそうでないならば、基本的には、駒が効率良く弦の振動を伝えるために、バスバーとの位置関係が合っている方が良いのではないかと思うし、少なくとも、そこをセットアップのスタート地点として選ぶ事には合理性があるのではなかろうか。

2008年4月6日

魂柱は導く

写真は、エンドピンの穴から魂柱を見たところである。
楽器に限らないが、こうやって中を覗く時、「中で暮らしてみたいなあ」と思うことがある。妻は「何を言っているのか全然分からない」と言う。

ともかく、良く作られた魂柱は立てやすい。
もし、魂柱を絶対に動かしてはならないという要求があれば、治具を使って楽器の表板をプレスして作業を行うしかないが、何らかの都合で魂柱を外し、位置を記録しておいた位置に戻すことがある。

この時、入っていた魂柱がいい加減なものだと、まず元あった場所の近くに立てる事すら難しい事がある。さらに微調整の時に回転してしまったり、表板に密着する位置がなかなか見つからなかったりする。修正するにも、魂柱の長さが長いとは限らない。

こうなると、新しく作らない場合には、より良い立て方を探すしかない。木目の方向をずれた状態にしたり、少し斜めに立てる等の妥協点を探る。どちらかと言えば、裏板より表板の方が傷つきやすい事を考えると、表板のフィットを優先する場合が多い。ただ、通常f孔から覗いて良く見えるのは、裏板と接する方の端だから、見た目はあまり宜しくない事になってしまう。

しかるべく加工された魂柱は、すんなりと作業が進むように思う。何の特別なことをする訳でもなく、当たり前のように、勝手に元に戻って行くようである。迷いが無く、フィットも自然だ。この様な時には、前の作業者に対する尊敬の念が生まれるし、そこから学ぶ事も多い。

2008年3月31日

フィットする

他動詞的に使うとなると、正しくない日本語かも知れない。いけないことだ。「フィットさせる」の方がまだましだろうか。


日本語では、擦り合わせると言うのが近いように思う。ここで話題にしているのは、面と面を密着させる作業のことである。楽器の場合は、本当に擦って合わせる事は少ないかもしれなが、コントラバスに限らず、補修したり、セットアップを行う上で、この作業の占める割合はとても大きい。

駒の足を表板に合わせたり、魂柱の両端を楽器の内側に合わせたりするのは、フィットという言葉から連想される通りである。しかし、ナットを新しく作る場合等は、フィットされているという意識は薄れるのではなかろうか。現実には、新しく作ったナットを取り付ける場合、ナットがネック材と指板に接する面のなす角が90°とは限らないし、そもそも夫々の面が正確な平面であることもあまりない。ここで夫々の面とナットが接する面をフィットさせる必要が生じる。どうせ上を通る弦が押さえるのだから、合っていなくても影響無いように思えるかもしれないが、実際は違う。音に影響がある。


ここで、安易に楽器の方に手を加えて平面や直角を出したりは出来ない。指板やネックは消耗部分だから、ナットの場合は割り切れるかもしれないが、例えば、サドルを交換したり接着し直す場合には、本体と接するパーツの一つは表板である。サドルを交換する度に、修理者の都合で表板に手を加えていては、修理を繰り返すうちに表板を損なう事になるのではなかろうか。さらに、この面には弦のテンションが直接かかるから、フィットしていない(接触面積が少ない)と、これもまた表板を損なう事になってしまう。表板の面に合わせて新しいサドル側を加工する事が必要である。

細かいところで言えば、ナットや駒の弦の通る溝も弦の径に合わせて加工する。これにもフィットの要素がある。意識されるかどうかに関わらず、パーツ同士が接する場合、そこには常にフィットが要求されているのではなかろうか。

2008年3月23日

コントラバス特有

あるコントラバスのリペアラーが、ヨーロッパから来たヴァイオリン製作学校の先生をもてなした時、「チェロが修理できればコントラバスも修理できる」と(気さくに)話しかけられたそうである。そのリペアラーが、それは間違いであって、コントラバスには特有の扱いが必要なのだ、と反論すると、その先生からは、火星人を見るような目で見られたということだ。

もちろん、同じような素材と構造なのだから、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロの修理と共通する事は多いはずである。そのリペアラーは、ヴァイオリンなどと共通の事柄も多いと認めた上で、(ヴァイオリンと比べて)相対的に高いテンション、相対的に薄いパーツ、材料の季節変動など、その大きさゆえ、ヴァイオリンでは問題の無いメソッドがコントラバスでは時に問題になることがあるといっている。

それほど本質的な話でなくとも、例えば、駒の高さを変えるアジャスターやCエクステンション(Cマシン)などは、コントラバス特有の話と言えるのではなかろうか。その他には、チューニングマシン(糸巻き)やフラットバックなどにも特有の要素があるかもしれない。チューニングマシンは、殆どの場合、木ネジを使って取りつけられている。この木ネジもまた、他の弦楽器には用いられていないコントラバス特有の要素ではなかろうか。木ネジ一つとっても、使いこなすにはそれなりの技量が必要だからである。

2008年3月16日

楽器の埃


年月と共に、コントラバスの中には、結構な埃がたまる。

おが屑や小さく切ったサンドペーパーが入っている事もあった。綿埃は、何時しか楽器の中で丸くなってマリモのように成長する。

コントラバスの場合には、楽器を立てた状態の時に埃が積もっているような気がする。フラットバックの場合には、クロスバー上の、立てた時に上面になる面に、障子の桟に積もるように溜まっていることがあるし、アッパーバウツよりロワバウツに埃が多い。特にエンドピンブロックの周辺は溜まりやすいようである。他の場所に積もっても、楽器を弾く時に振動で下の方に落ちるのかも知れない。

埃は楽器の隅に溜まりやすい上、湿気を呼びやすい。楽器の隅は、多くの場合接合部分だから、膠による接着部分に湿気を呼びやすいという事になってしまう。まあ、それほど目くじら立てるほどでも無いかもしれないが、あまりにも溜まっているようだと気分が悪いのである。

やったことはないが、ヴァイオリン等では、炒って乾燥させた後冷ました米を楽器の中に入れて振り、掃除することがあるようだ。炒った米は、以前は塩の容器に良く入っていた。ともかく、これも実際にやるとなると、相応の技量が要りそうである。それに、コントラバスの場合には、楽器を効果的に振るのが難しいと思うし、最後の一粒というヤツはなかなか出てこないと決まっている。
 
中に埃が溜まっていれば、無理の無い範囲で取るようにしているが、柔らかい素材のパイプを介して吸引する事もある。普通の掃除機は、あなどれない程の真空度になるため、そのまま使うのはとても危険であろう。f穴周辺は破損しやすいし、楽器の中に何かを差込むとなると、ラベルを傷つけたりする事だってあるからだ。通常は、何かのメンテナンスの折に、楽器屋に頼むのが賢明なのではなかろうか。その程度の頻度で十分だし、取るか取らないかは、楽器屋によっても判断があるだろう。埃を放っておく方が、無理に取るよりリスクが低いことも考えられるからである。



2008年3月10日

サドルが飛んだ日


先日、弦高の修正と、セットアップの調整ということで楽器をお預かりした。

5弦の楽器で、一見したところ、作業するのに特に問題は無い様だった。一通り現状のセットアップを測定したあと、弦を緩め駒を外し、あまりにも位置が悪いため、魂柱も一旦とり外す事にした。調整されないまま長く置かれた楽器では、魂柱はきつくなっている事が多いような気がする。今が乾燥の季節というのもあり、予想通り、魂柱はきつくなっていた。ところが、予想以上にきつく、取り外すのが大変な位にきつかったのである。表板に大きな損傷が無いのが不思議な位であった。

ともかく、魂柱を外し、「長い分には調整できるな」などと考えていたが、事態はそう甘くなかった。突然、楽器がメキメキと音をたてはじめたのである。どうしたことかと、場所を探すと、サドルと横板の間が開き始めていた。開き始めたのは分かったが、ただ置いてある楽器が勝手に開いて行くのだからどうしようもない。ひとしきり音が続いた後、サドルがボンと外れて音はやんだ。サドル周辺の一部の表板はブロックから剥がれて、隙間が出来ていた。

弦のテンションやきつくなった魂柱によるストレスから開放されたため、変形がもとに戻ろうとしたのだろうと思う。楽器としてはそれほど高価では無いが、名のあるメーカーだから、接着面の剥がれだけで、夫々の部材に損傷が無かったのは、然るべき配慮をもって膠が使われていたからかもしれない。

木材は、相当長い間ストレスを受けていても、そのストレスを取り除けば元に戻ろうとする力がある。取りあえず全てのテンションを取り去った状態で、一晩置くことにした。翌日見ると、エンドブロック周りの表板の隙間は小さくなっていた。

2008年2月24日

膠はどこへ行った?

膠(にかわ)は、一度溶解したならば、新鮮な方が接着力が強いと言われる。

朝に湯煎した膠は、その日1日は十分にフレッシュに使えるだろう。翌日には、強度のあまり要らない部分には使えるかもしれない。翌々日になると、すこし考えるところである。冷蔵庫での保存には、家人の抵抗を乗り越えなくてはならない。密封してあるから匂いは移らないとか、ゼラチンだから害は無いとか、色々説得する必要がある。ともかく、接着の信頼性を保ちたければ、あまり日数の経った膠を使うのは危険かも知れない。

特に夏場は長くは持たない。腐敗してしまうからだ。もちろんもったいないから、なるべく余らないように作りたいが、あまり少量では、湯煎中の濃度の変化が大きくなってしまうから、最低限の量は作らなくてはならない。ということで、余った膠は捨てられる事になってしまう。

湯煎した膠をそのまま置いておくと、固まって煮こごりの様になる。筆者はその塊を外に捨てていた。田舎で、多少敷地があるので、地面に捨てておが屑をかけ、自然に帰そうという訳である。ところが、翌日チェックしてみると、その塊が無い。そんなに直ぐに消えるはずは無いと思いつつも、次に捨てた時も同様に消えていた。妻は、食後のゼリーとして、何かが食べているのだ主張した。しかも、何故か少し嬉しそうである。確かに、近辺には狸や猪がいるし、膠もコラーゲンだから食べて害になる訳では無い。あまり有難くないものが来ているなら、膠の処分方法を変えなければならないが、現場を押さえた事が無いので、未だに何が来ているのかは分からないままである。

我々には食欲をそそる匂いとは言いがたい膠ゼリーだが、肌や毛並にも良いのかも知れない。しかし、無害とはいえ、皆様方、ゆめゆめお召し上がりにならぬよう。

2008年2月16日

夏魂柱?冬魂柱?

表題は、夏駒と冬駒という言葉にかけて言っているため、一般的な用語とは言えない。

季節によって弦高が変動するのに対応するため、多湿季と乾季で夫々に駒を用意して(夏駒・冬駒)使い分ける場合があるようだ。アジャスターがあれば弦高の変化に対応する事は、比較的たやすいが、弦高を変える事は、駒の高さを変える事だから、楽器へのテンションのかかり方が変化する。大きく弦高を変えるときには、それに伴って他の調整をしたほうが良い場合もあるかもしれない。

ところで、弦高だけでなく、季節によって適切な魂柱の長さも変化している。通常は湿気の多い時期には、長い魂柱が必要になる。従って、秋冬等の乾燥期に、魂柱が長く感じたからと言って、単純に短くできないのである。湿度が高い時期にフィットするように調整されているのかもしれないからだ。楽器にもよるが、この長さの変化は結構な量で、加工したくなる位の量だから、位置の調整で対応するのも躊躇する所である。それに、魂柱調整の本来の目的とは全く別の理由での移動だから、出来れば避けたい。何のために移動するのか本末転倒になってしまう。

もし、年間を通じて、楽器のコンディションを良い状態に保ちたければ、魂柱を2本用意して、季節によって使い分ける事が必要となるだろう。夏冬で駒を替えている場合には、駒の交換と同時に魂柱も交換すれば良い訳だから、それほど非現実的な手間ではないのではなかろうか。

2008年2月8日

指板のドレッシング

指板の一部が減ったり、反り(キャンバー)の量や形が適切でない時、厚みが十分にあれば、削り直し(ドレッシング)を行って、正しい形にすることができる。指板は、ネックを補強する役割も持っているので、薄くなってしまった指板はドレッシングできない。この場合は新しい指板に交換する必要がある。

指板の反りの量は、演奏スタイルや演奏家の好みによって変える事が出来る。E線側とG線側でキャンバーの量を変える場合もある。しかし、反りの形は、基本的には、指板の全長に渡って均一である事が必要である。キャンバーの量が全体として同じでも、曲率があちこちで変わると、演奏した感じは違ってしまう。例えばキャンバーの底の部分がナットの近くに寄っていると、ナットが高いのと同じ事になってしまう。また、場合によっては、押さえている指よりナット側の弦がノイズの原因となってしまう事もある。

今回写真を撮り忘れたが、筆者は2種類の定規を使い、最初は鉋をつかって作業する。黒檀は、その硬さもさることながら、逆目が立ちやすいので、そうならないように作業することが必要である。逆目がたつと、後の行程で逆目を落とさなくてはならず、そうすると、成形した指板の曲率が不正確になってしまうからである。

正確な曲率と呪文の様に書いてきたが、E線側の指板の端等は、考慮から外す事もある。全く弾かない場所を追求しない事で、ドレッシングの量を減らし、指板の寿命を延ばす方を重視する場合である。

2008年2月5日

学校の楽器

他でも語られている事だが、中学校や高校の楽器は、大体の場合良くないコンディションにある。吹奏楽では唯一の弦楽器ということもあり、近くに知識のある人間がいなければ、どうしようもないことかもしれない。

クラブ活動や授業で使うものだと思うので、高価なものである必要はないと思うし、この際だから、魂柱が倒れていたり、表板を貫通しかかっていたり、化石のような弦が張られていたり、駒の足が合っていなかったり、穴が開いていたり、裏板が剥がれていたり、コントラバスと呼べなかったりしても、ここは涙をのんで仕方ないものとしよう。


しかし、弦高とエンドピンのゴムだけは別ではないだろうか。エンドピンのゴムについては以前も触れたが、ゴムの無いエンドピン(刺さらないタイプ)で、コントラバスを持って立たされたら、まさに拷問だし、弦高が5cm(!)もあったら、どうやって弦を押さえられるだろうか。周りの大人には全く悪意が無くても、楽器を与えられた学生は、本来全くしなくて良いはずの努力を強いられる。その努力が無意味なだけならまだしも、体を傷める可能性があるのである。

筆者が言える筋合いではないかもしれないが、もし近くの学生がこのような状況にあって、そして、もし可能ならば、是非正しいセットアップについて話をして頂けないだろうか。あるいは、(コントラバスの知識のある)専門家と話をするように薦めて頂けないだろうか。彼らは、毎日練習している。少なくとも体を壊さない弦高と、たかだか数十円のゴムの必要性を伝え、彼らの身を守るために、機会があれば一肌脱いで頂く訳にはいかないだろうか。

2008年2月2日

駒足のフィット

楽器のセットアップは、例えて言えば、演奏に似ているような気がする。
演奏家は、作品を前にして作曲家の意図を汲み取ろうと努力し、再現する。筆者には、製作家の意図を汲み取るほどの能力は無いけれども、楽器を前にして、その楽器が経てきた時間や、それを製作した、或いは弾いてきた人々のことを想像する。プレッシャーを感じるわけである。結局、人は自分の出来ることをするしかないようである。

ところで、楽器がその能力を十分に発揮するためには、駒の足が表板にフィットしている必要がある。

駒足がフィットしていないと、局所的にテンションが伝わることになって、表板を傷つける可能性がある。また、弦のテンションは駒足を介して、楽器の表板に伝わるため、フィットが悪ければ駒足が表板を変形させて、余計なストレスを与える事になり、本来意図された楽器の鳴りを変えてしまう可能性がある。

駒足のフィットは、どのような条件で行うべきだろうか。駒足の接する部分は曲面であるため、駒にテンションがかかれば、表板の曲面に沿って駒の脚は開く。テンションの無い状態でフィットする事が理想的かどうかという問題である。

駒の脚が開いた状態を再現しつつフィットするために、駒の脚の間に入れる道具も市販されている。この道具で脚の間隔を広げた状態にして、フィットさせるわけである。この場合には、道具で広げた状態が、実際の状態をどのくらい忠実に再現しているかが問われる。

筆者は、この道具は使用せず、手で押し付ける方法でフィットする。駒を押さえ付けて、フィットの感触を確かめる。この場合には、手で確かめる感触が正当なものかどうかが問われる事になる。具体的な内容には触れないが、この方法では魂柱を仮に立てておく必要がある。

いずれの方法をとるにしても、正確な作業を追及すれば、結果は音として現れるのではないだろうか。たとえ寄与が少しであっても、このような細部の積み重ねが、楽器の能力を損なわないセットアップにつながるのではなかろうか。

2008年1月22日

表板の割れ


膠による接着では、接着面を圧締する事が必要だ。

しかし、圧締しやすい場所ばかりとは限らないし、割れの程度によっては、将来、表板を開ける時に本格的な補修をする事にして、膠を流す程度で済ますこともある。この様な場合でも、接着面の目違いが無い様に、することが重要と思う。

写真で斜めにかかっているクランプは、割れを圧締する目的よりは、むしろ、目違いをなくすためのクサビを保持するためにかけている。クサビの下には紙片を入れて、万一クサビに膠がついてしまった場合でも、クサビが楽器に付かないようにする。接着後、ニスのタッチアップをした。

表板に限らず、割れには進行する性質がある。全ての割れが進行するとは限らないが、割れが発生したら、できるだけ早く修理する事が望ましい。表板の割れでは、意外な割れがノイズの原因となっていたりするが、あまり音に影響しない割れには気づかない事もある。定期的なチェックを専門家に依頼するのも良いと思うし、何より、時にはしげしげと自分の楽器を見ることが有効なのではないだろうか。

2008年1月15日

魂柱、材料、調整

魂柱は多くの場合、表板と同じか同種のスプルースやドイツトウヒ等の材料で製作される。合板を用いた楽器の場合にはそれが最適とは限らないようで他の種類の木材を使うこともあるようだ。

しかし同じ素材であっても、さまざまな違いが有るため、選択の余地がある。魂柱の材料は、木目が通直であって2方柾に木取されなくてはならないが、年輪の間隔はさまざまだ。写真左の魂柱より右側のもの方が年輪は密である。

何を選べばよいかを一概に言うことはできないが、楽器の表板や演奏者の好みに応じて、全体の調整の方針と方向を合わせる必要はあるように思う。針葉樹では冬目が硬いので、年輪幅が狭い材料のほうが密度が高い。また、年月が経ったものの方が強度は増しているだろう。さらに、魂柱の直径との組合せもある。

魂柱自体は楽器本体に比べればそれほど高価なものではないが、音に対する影響はとても大きい。できれば手間や時間をかけた調整を依頼したい。調整にかかる費用以上の価値が楽器にもたらされることもまれではないと思う。

2008年1月6日

エンドピンのシャンク

エンドピンを受けるシャンクとエンドブロックのフィットは、エンドピンそのものに比べると見過ごされがちではなかろうか。

お仕着せではなく、素材にこだわったエンドピンを使う場合も多いのに、シャンク自体のフィットがプアなケースがある。 ひょっとすると、何らかの意図があってガタをもたせている可能性も有るかもしれないが、そういうケースは除外しよう。
困るのは、シャンクが正確にフィットされているかどうかは、全ての弦のテンションをゼロにしてからでないと分からないので、魂柱を倒すリスクがあり、演奏者が簡単にチェックできないことである。また、多少のガタがあっても、テールガットがシャンクを引っ張るので、弦を張ってしまえば、ガタのあるなりに固定されてしまい、直接のトラブルが少ないのも問題を見えにくくしているように思える。

もちろん、手段の問題ではなく、シャンクとエンドブロックのテーパーがしかるべく密着していれば、サンドペーパーや紙を挟んで修正してあっても良いと思う。しかし、シャンクに限らずテーパーを使った仕口が、互いに密着しているかどうかは、差込んだ状態で揺すっても分かりにくい。また、きつすぎてもエンドブロックを破損することになりかねない。
フィットのやり方は人によって異なると思うが、筆者のやり方では、サンドペーパーや紙のようにその都度簡単に位置がずれるものをスペーサとして使うのは難しい。写真の例では、シャンクにメープルの薄板を貼って、エンドブロックの穴にフィットさせている。写真には、もともと挟みこんであったサンドペーパーも写っている。

ともかく、エンドピンシャンクとエンドブロックのテーパーは、適正な嵌合度で密着する事によって緊結されていなければ、テーパーという仕口を使う意味は半減するし、エンドピンの素材による楽器の音の変化も不明瞭なものになってしまうのではなかろうか。

2008年1月4日

楽器と季節


String winderは、弦の交換だけでなく、楽器の調整の時にも活躍するので、欠かせない道具である。
以前から使っていたものは、何度か折れてしまい、その都度修理して使ってきたが、素材自体が劣化しているようなので、この際だから作ることにした。10年以上は使ったから、十分役割は果たしたと言えるかもしれない。

ところで、楽器はどの位の頻度で調整をするのが良いのだろうか。もちろん、個々人の自由だから、これといった決まりがあるわけではない。何かトラブルが起こってから手入れや修理を行うという方針でも良いかもしれない。あまり頻度が高くてもコストがかさむだけだ。しかし、楽器の状態は徐々に変化していくから、良い状態を保つためには、ある程度の頻度でチェックする事にも意味があるように思える。例えば、セットアップした当初は年に2回ほど調整を行い、その後は必要に応じて、調整の間隔を決めると言うやりかたはどうだろうか。

年2回というのは、四季があり湿度の変動があるからで、大まかに分けて、梅雨から夏にかけての湿度の高い季節と、秋から冬にかけての湿度の低い季節である。コントラバスの場合には、楽器が大きいために夫々の季節の状態が大きく違う。もちろん、多湿期にセットアップを行う時には、乾燥期の状態の予測を入れてセットアップを行うはずであるが、予測よりも実際の状態に基づくセットアップの方が精度は高まるのではなかろうか。季節が一巡りして調子が良ければ、翌年以降は調整の間隔を長くしても良いかもしれない。